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しばらくのあいだ、外出や旅行を自由に楽しむことができない日々が続いています。
先行きを予測することが難しい状況ですが、
事態が終息し、ふたたび楽しくお出かけできる日が来ることを願って。

「ポmagazine」では、お家でも楽しめる記事を中心に、
皆様の生活にすこしでも癒しや明るさをお届けできるよう、
京都の情報を発信していきたいと思っています。

「ポmagazine」編集部

めくるめく茶色い世界 京都でいま、焼き菓子がアツいらしい

「ポmagazine」編集部
「ポmagazine」編集部

噂の広まり

殿堂入り

そういえば最近、京都で美味しい焼き菓子に出合うことが多い。
とくに、小さな個人店舗の焼き菓子屋さんが増えたように思う。食べる度に感じるのは、味のクオリティが高い上に、お店ごとの世界観にも心惹かれるものが多いということ。

「どうやら、京都で焼き菓子がアツいらしい」

そんな噂の真相に迫るべくリサーチを進めていたところ、京都で活躍する3人の焼き菓子クリエイターに出会った。

話を聞くと、それぞれキャラクターや焼き菓子に対する考えも違う上、それが自然とお菓子や店の雰囲気にも滲み出ているのが印象的だった。共通していたのは、焼き菓子へのアツい思い。

そんな3人の語りを通して、京都の“焼き菓子カルチャー”の舞台裏をのぞいてみることにした。ぜひお気に入りの焼き菓子を片手に、読んでもらいたい。

小川ひとみさん

今回、取材に同行してくれたのは、京都でイベントやケータリングを中心に「ogawaya」として焼き菓子の活動を行う小川ひとみさん。

過去には「クマグスク」や「ホホホ座」、「かめおか霧の芸術祭」などでも出店を行ってきた彼女。店舗こそまだもっていないものの、次世代を担う存在といっても過言ではなさそう。

焼き菓子カルチャーの最前線を見据える彼女を追って、京都の焼き菓子店を巡ってみた。

#1
作って売るだけではない、自分に合ったお菓子の焼き方
Kathy’s Kitchen 山口 景さん

最初に訪れたのは、左京区元田中でアメリカンベイクの教室を行う「Kathy’s Kitchen」。
店主の山口さんは、京都と東京の焼き菓子店での勤務を経て、2014年より独立。教室とは別にイベント出店や卸売などを行う。

Kathy’s Kitchen

ー店舗での販売ではなくて、教室という形態をとられているきっかけや理由はなんですか。

大学を卒業して、最初は店舗に所属していました。あらゆる基盤はそこで培われたのですが、ある時、毎日同じものを作りつづけていることに違和感を感じ出しました。これが自分のしたいことなのかなって。そんな時に、当時勤めていたお店の空き時間を利用してケーキ教室を開催したんです。すると意外にも評判が良くて、私自身もすごく楽しかった。それがきっかけとなり、お菓子を作って売るだけじゃない、教室というスタイルが自分に合っている、そう思うようになったんです。

Kathy’s Kitchen店内

ー同じ、「お菓子を作る」ということの中で変化があったんですね。

そうですね。もともと教えること自体に興味があったというのもありますし、心境の変化でいうと、使う材料に対して徐々に敏感になってきたんです。とくにアメリカンベイクはジャンクなイメージの通り、砂糖やバターの量も多いのでそれが少し気になりだして。

Kathy’s Kitchen店内
小川:山口さんの世界観が詰まった店内は、国をまたいだような雰囲気とアットホーム感もあり心地よいです。

ー材料についてはさまざまな考え方がありますもんね。

とはいえ、いい材料を使うとやっぱり高いので、自然と売る値段が高くなってしまいます。こっちの材料がいいと分かっていても、売るためには別の材料を使って作らなきゃいけない。そんな葛藤がありました。

Kathy’s Kitchen店内

ー美味しいものを作ることと、売れるものを作ること。バランスが難しいですね。

でも、自分で作るぶんには利益がいらないので、例えば500円のケーキを作るのにそれぞれが500円使えるんです。だから私が作って売るのではなく、作り方を教えて、みんなが好きな材料で作るのが一番だと思いました。

アメリカンベイクと小川さん
小川:アメリカンベイクってボリューム感に夢があります。見るのも食べるのも幸せ。

ー山口さん自身が、京都を拠点に活動されているきっかけは何ですか。

大学時代に住んだのがきっかけです。私が20代の頃はちょうどカフェブームで、いわゆるパティシエよりもカフェでケーキを焼く仕事に憧れていました。

お菓子と小川さん

ー京都のカフェブーム。そこから独立された方も多そうですね。

当時は、とくにそういうモチベーションの方が多かったんじゃないでしょうか。私も東京だと何か始めるのには勇気がいるけど、京都だからこそ気軽にチャレンジできた、みたいなのはあったような気がします。

ー小商いの町という印象が強いです。

そうですね。あとは商売として売れることも、もちろん大事なんですけど、それだけではなく、自分がどこで暮らしていくかっていうことも大きいと思います。正直、東京でやった方が単純に人が多いから売れると思います。でも、やっぱり自分がどこに住みたいかって考えた時に、私は京都だなって。

Kathy’s Kitchen店内の小川さん
小川:山口さんの人柄がそのまま今の活動に繋がっているようでした。

ー山口さんの今後の展望はありますか。

最近、とくに美味しいお菓子が増えて、美味しくないものってほとんどないような気がします。なので、甘いものが食べたいからではなくて、あの人が作っているお菓子だから食べたい、習いにいきたいっていうふうに思われたいです。私のお菓子を目掛けて来てくれるとやっぱり嬉しいから、そういうのを目指したいですね。

Kathy’s Kitchen店内の小川さん

Kathy’s Kitchen
京都市左京区田中東春菜町32-2 The SITE南棟1階
営業時間:教室での営業のため要予約
https://kathyskitchen.jimdo.com/

※教室での営業のため、通常お菓子のみの販売はなし
京都では、以下の店舗で購入可能(2020年6月取材時)

フルーツパーラー クリケット
http://www.cricket-jelly.com/

GOODMAN ROASTER KYOTO
https://goodman-company.com/

#2
何度でも食べたくなる、いつもの味を目指して
小麦小店 岡田詩織さん

続いて訪れたのは、北山にある「小麦小店」。店主の岡田さんは、製菓学校を卒業後、京都の焼き菓子店に勤務。2017年に今のお店をオープンした。

小麦小店

ー店舗をオープンするまでの経緯を教えてください。

お菓子の専門学校を卒業後、京都のカフェで焼き菓子を焼いていました。勤めてしばらく経った時、やりたいことを見つめ直すためにも、一度お菓子作りから離れてみようと思ったんです。その後は、いずれ焼き菓子屋さんとして独立したいという思いを抱きつつ、友人の喫茶店で接客をしていました。お客さんと対面し、生の声を聞けることが、自分にとってどれだけ貴重だったかをそこで再認識したんです。

小麦小店 店内
小川:お店にいると広々とした窓が気持ちよく、こんな場所で作ってみたい。

ー独立前には、左京区で人気のイベント「左京ワンダーランド」にも出店されていたとか。

知人の紹介で焼き菓子の販売をしていましたね。イベントでの販売はすごく楽しくて。でも、それと同時にお店をもっていなかったので、「どこで買えるの?」と聞かれても答えられないのがもどかしかったんです。ちゃんとした場所をもつことが、お客さんにとっては一番の信頼になるんだなと。イベントをきっかけにお店をもちたい気持ちが強くなっていた矢先、たまたま見つけたのが、今の店舗となる物件です。

小麦小店 ビル

ー立地やビル自体もすごく素敵ですよね。

2階にこじんまりと佇む様子とビルの雰囲気、近くに植物園があって……。この物件を見たときに、うちのお菓子をテイクアウトしたお客さんが、植物園や鴨川で食べているイメージがパッと頭に湧いて、ここだ、と即決しました。当時、店舗をもつのは3・4年後くらいかなとぼんやり思っていたのですが、この出会いをきっかけにすべてが動き出しました。

小麦小店 ビル

ー実際、店舗を構えてみていかがですか。

やっぱりお客さんの顔が見えるというのが一番大きいですね。うちは、開店当初から駄菓子屋さんのように気軽に来て欲しいという思いがあります。実際、ご近所の方もよく来てくださって、お客さんの半分以上はお話しできる関係の方。それはお店をやっていて、すごく嬉しいことです。

小麦小店 お菓子

ー岡田さんが思う焼き菓子の魅力って何でしょうか。

ひとつは手軽さかなと思います。生のケーキだとちゃんとした箱に入れて保冷剤を入れて、そーっと持って帰らないといけないし、その日売れなかったらすべて処分ですよね。その点、焼き菓子は日持ちがしますし、持ち運びにも気を遣わない。そういう理にかなったところは、私が焼き菓子に惹かれた理由のひとつでもあります。

小麦小店 店内
小川:お菓子に対して特別なものではなく、日常に沿うようにという考え方がとても素敵でした。

ーお店に出しているお菓子について教えてください。

ジャンルは関係なく、とにかく私が好きなものを焼いています。スコーンやキャロットケーキ、ショートブレッド……。あと、最近はできていないですが、ジャコを使ったクッキーなんかもありますよ。

うちのお菓子は、地味なものが多いと思います。お客さんにはそれぞれ好みがあって、常に新しいものをというより、いつもの味を変わらず提供することを心がけているんです。

小麦小店 お菓子
小川:変わらず続けることってすごく難しいと思います。たしかに、いつでも食べたいと思える味。
小麦小店 店内

小麦小店
京都市左京区下鴨前萩町6-4 樹樹ビルC

※現在はイレギュラー営業のため、来店の際は下記サイトにて要確認
(8月頃から長期休暇の予定あり)

https://www.instagram.com/komugissmallstore/?hl=ja

#3
文化の町で届ける、焼き菓子のかたち
Nowhereman 長野洋樹さん

最後に足を運んだのは京都の中心地。高倉通高辻にお店を構える「Nowhereman」。店主の長野さんは、10年ほど前からオンラインショップやイベントなどでお菓子の販売を行い、2019年に店舗をオープンした。

Nowhereman

ーこれまで実店舗をもたずに活動をされてきた中、お店をもつに至った理由を教えてください。

これまではかなりクローズドというか、限定的な販売方法で10年くらいやっていたので、そろそろ新しい展開が必要かなという思いで、実店舗をはじめました。

ー店舗をもつ前は雑貨屋やアパレルショップ、小劇場など少し変わった場所にお菓子を置かれていました。出店場所についてはどういう基準があったのでしょうか。

基本、お菓子屋さんが売らない場所っていうのがありました。というのも、僕自身、お菓子が好きな人とカルチャー的なことが好きな人、そのどちらにも市場をつくっていきたいという思いがあります。なので、ただお菓子を売ることだけが目的ではない。そこのバランス感覚みたいなのは気にしています。

Nowhereman お菓子
小川:ひとつひとつの味のクオリティが高くて、自分へのご褒美や贈り物にも喜ばれそう。

ーその中で、お店のテーマとなっているのが「詩と焼き菓子」ですよね。

音楽だったら楽しい曲だけではなく、悲しい曲や切ない曲もあるのに、お菓子にはどうしても幸福なイメージだけがつきがちで、そういう感情の多様性がないと思ったんです。

でも、お菓子を買うときってすべてがハッピーなシーンというわけではないですよね。例えば、仕事帰りに疲れて一人で買って帰る、みたいなそういう日常のちょっとした切なさや悲しみ、孤独にも寄り添えるお菓子を作りたいと思いました。お菓子に詩のカードを添えたのも、そんな思いからです。

Nowhereman お菓子

ーアパレル勤務や音楽活動などをされてきた長野さんが、焼き菓子をはじめるきっかけは何だったんでしょうか。

家が祖父の代からお菓子をやっていて身近な存在にあったというのも大きいですが、お菓子って誰でも買えるところがいいなと思ってはじめました。アクセサリーとかだと高価な物はなかなか買えないですよね。けど、お菓子って最高級の材料を使っても手が届くような価格なので。みんなが最高品質のものを買えるって、すごくいいなと思います。

Nowhereman お菓子

ー京都でお店を構えてみていかがですか。

京都の消費者の方は、食べ物をはじめ文化的なものに対しての意識がすごく高いと思います。それに、他府県や海外からもそういう意識の高い方が来られるので、いろんな人に知ってもらうにはいい場所だと思いますね。

Nowhereman お菓子
小川:洗練された空間はセレクトショップのような雰囲気さえあります。

ーたしかに、京都は文化の町ですよね。

あとは、町の規模感ですかね。このあたりもお店が多いのですが、何気にすごい人が多くて、業種は違えど刺激を受けています。東京とかだと、すごい人はたくさんいるんでしょうけど、なかなか規模的に出会うのが難しい気がします。その点、京都の町のサイズ感ってちょうどいいと思います。

Nowhereman 外観
小川:長野さんのお菓子だけではないこれまでの興味や経験が、お店に活かされているのが印象的でした。

ー今後の展望はありますか。

何かグッズを作ったりだとか、お土産屋さんみたいになりたいという思いがあります。お菓子屋さんの枠に留まらない活動も広げていきたいですね。

Nowhereman 店内

Nowhereman
京都市下京区葛籠屋町507-2
営業時間:12:00〜19:00(売切次第終了)
定休日:月・火曜
http://www.nowhereman2010.com/

取材を終えて

「小商い」という京都の文化的土壌の上に、カフェブームや手づくり市が受け皿となって花開いた、焼き菓子カルチャー。

カルチャーの語源を調べたら、もともと「心を耕す」という意味らしい。

ただ美味しいお菓子を売るだけではない(もちろん、どのお店もすべからく美味しいのだが)。3軒の店主たちが語ってくれた、お菓子を通じた人との向き合い方。茶色い小麦のかたまりに、それぞれの生活の中から生まれた考えを丁寧にのせた焼き菓子店は、まさにひとつのカルチャースポットだった。

これからも京都の町の片隅の、小さなお店から、目が覚めるような美味しい焼き菓子を届けてくれるに違いない。

物憂げな小川さん

企画編集:光川貴浩、早志祐美(合同会社バンクトゥ)、髙橋 藍
写真:岡本佳樹
モデル·取材協力:小川ひとみ
スタイリング:髙橋 藍