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京都でドーナツが盛り上がる理由。カギはドーナツの“ちょうど良さ”と“懐の深さ”にあるらしい

「ポmagazine」編集部
「ポmagazine」編集部

噂の広まり

独り言

どうも最近、京都で「おいしいドーナツ」の噂をよく耳にする。それも、単なる「おいしいドーナツ」ではなく、そのどれもが唯一無二のキャラクター性を纏い、固有の存在感を放っているのだからおもしろい。

はたして、なぜ京都でドーナツなのか?そんな疑問を解決するべく、ドーナツを提供する4つの噂のお店を巡り、自慢のドーナツをいただきながら店主に話を聞いてみることにした。

チーズケーキメインのはずが、
予想以上の反響でドーナツとの二枚看板に

まず訪れたのは、右京区の龍安寺近く。2019年にわずか5坪、カウンター7席のみの小さなカフェとしてオープンした「Kew(キュウ)」。小さな商店街にぽつりと現れ、現在は店舗スペースを拡大し完全予約制で営業している。

オープン当初はわずか5坪。写真奥のスペースのみでスタートした

お話を伺ったのは、もともとイギリス・ロンドンの名門レストランSt.JOHN(セント・ジョン)のペストリー(焼き菓子部門)で働かれていた大木健太さん、そして、ロンドンで服飾関係のお仕事をされたのち、健太さんとともに店を運営する妻の真奈美さん。ロンドンから海をわたり、日本で育まれた絶品ドーナツの味わいを決めたのは、日本ならではの素材と、健太さんの誠実な仕事ぶりだった。

◎ Kew カスタードドーナツ

手に持つとずっしりくるくらい、たっぷり詰まったカスタードクリームのドーナツ。てっぺんにはクリームがぽってりとあふれ、つんと立った角が愛らしい

生地は軽く、レモンゼスト(皮のすりおろし)が入っているからか、ボリュームある見た目とは裏腹にパクパクと食べれてしまう。しゃりしゃりの粉砂糖とあふれたクリームに思いっきりダイブする気持ちでガブリ。

─ まずは、Kewでドーナツを提供するようになった経緯を教えてください。

健太さん:じつは、当初ドーナツをメインで提供しようとは思っていなかったんです。お店のスペースも限られていますし、チーズケーキを看板メニューに、ドーナツは週に2、3くらいにしようと思っていました。その証拠に、オープン当初につくったお店のメールアドレスも「kew cheesecake」なんですよね(笑)。
でも、いざお店をオープンしてみると、チーズケーキと同じくらい、ドーナツの反響が大きくて。反響に応えた結果、ドーナツとチーズケーキの2品をメインでお出しするという現在の形態に落ち着きました。

─ そうだったんですね。Kewといえばドーナツを思い浮かべる方も多いと思うので、意外です。

真奈美さん:ドーナツってつくるのに手間がかかるんですよね。生地をつくって、クリームをつくって、生地を発酵させて、揚げて……。それでもドーナツを出しているのは、やっぱり私たち自身がおいしいと感じるから。私は普段甘いものをそんなに食べないのですが、このドーナツならぺろっと2つくらい食べられるかんじで、イギリスにいた時から好きだったんです。

仕上げに粉砂糖がふりかけられる様子は、おいしさの魔法がかけられているかのよう

─ 健太さんは、モダン・ブリティッシュ料理の先駆けといわれるイギリス・ロンドンのレストランSt.JOHNの焼き菓子部門で働かれていました。St.JOHNでの経験が現在のドーナツにもつながっているのでしょうか?

健太さん:ここで出すメニューはいずれも、St. JOHNで教わったことがベースになっています。でも、いざ日本に帰ってきて、ロンドンでおいしく食べていたドーナツを、そのままの材料やレシピで日本でつくっても、なんか違うな?と。

─ 何が違っていたんでしょう?

健太さん:大きかったのはやはり、気候の違い。気温も湿度も高い日本で、さらっと食べられるドーナツにしたかったんです。

好みのドリンクと組み合わせるカスタードドーナツセット。チーズケーキと両方楽しみたい方のために、チーズケーキにハーフサイズのドーナツがついた夢のようなセットも

─ 具体的にはどのような調整があったのでしょうか?

健太さん:Kewのドーナツにとって大きかったのは、日本の小麦粉の存在。日本の小麦粉って世界的に見ても本当に研究熱心なんです。パンもそうだと思うんですけど、口溶けがすごくよくて食べやすいですよね。ひとつの要因として、日本の研究熱心な小麦粉と僕らの目指すドーナツがぴったりはまったということは大きかったと思います。もちろん僕の努力もありますが(笑)。

─ 日本人の研究熱心さがKewのドーナツとつながっているとは……!ほかに、ドーナツづくりで大切にされていることはありますか?

健太さん:たとえば、ほかのドーナツ屋さんが僕のやり方をみたらびっくりするくらい、一つひとつの工程にたっぷり時間をかけてつくっています。そもそもたくさん量をつくっていないからできる話ではありますが、普通はあんなに時間をかけていたらたぶん怒られちゃうと思うんですよね。でも、僕はそれをあえてやっている。それは大切にしていることですね。本当はおいしいおにぎりを握るおばあちゃんの手みたいに、何か特別な秘訣があるといいんですが(笑)。

─ 一つひとつ、誠実な仕事こそがあの味を生み出しているんですね。

健太さんとともに店を切り盛りする真奈美さん

真奈美さん:彼は作業がすごくゆっくりで、それはもしかしたら別のチームや営業形態で働くとなると短所になるかもしれない。でも、私はそれを長所だと思っていて。
ここまで丁寧な仕事を長所として生かせる形ってなんだろうと考えた時に、あまり人が押し寄せすぎないエリアの、これくらいの小さな場所で、確実においしいものを出すことなんだろうという結論に行き着いたんです。ゆっくりと確実においしいものをつくっていく、それが私たちの大切にしていることです。

─ 長所を生かすために、この場所、営業形態に行き着いたというわけなんですね。今後、こんなふうにドーナツをつくっていきたいというイメージはありますか?

真奈美さん:いつか老舗になる、って言ったらおこがましいかもしれませんが、流行り廃りなく、長く愛される存在になれたらいいな、と思っています。そういう点では、京都は本当にリスペクトできるお店が多くて、たとえば、北野天満宮近くにある中村製餡所さん。おいしいあんこを気軽なお値段でずっと売っていて、憧れの存在です。
京都のなかでもちょっと奥まっためんどくさいこの立地で、私たちにつくれるものを提供し続けたい。歳をとってもずっと続けられたら、と思っています。

ずらりと整列する姿にキュン……

■ Kew

※現在は、事前予約制
定休日:月・火・金+不定休
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普通すぎず、大げさでもない
“ほどよい存在”のドーナツがいい

2011年にドーナツ専門店としてオープンした「かもDONUT」。京都のドーナツ店の先駆け的存在として10年以上親しまれ、本店である北大路店と、堀川商店街に2号店の「かもDONUT&coffee」を構える。

今回お邪魔したのは、西陣エリアにある堀川商店街に店を構える、かもDONUTの2店舗目「かもDONUT&coffee」

店主の池田泉さんは、大手ドーナツチェーンで勤務後、知り合いの物件があった北大路の住宅街でドーナツ店をオープン。幼いころのドーナツとの思い出がきっかけとなった店づくりとは。

◎ かもDONUT プレーンケーキ

生地はイースト生地、プレーン生地、フレンチ生地とバリエーション豊か。なかでも定番のプレーンは、北海道産や熊本県産の小麦を使用、子どもにも安心して食べさせられるように添加物は控え、店主いわく「毎日食べても飽きないドーナツ」。

─ お店をオープンされたのが10年以上前。そもそもドーナツって目新しいお菓子なわけではないと思うのですが、どうしてドーナツ専門店をはじめようと思われたんですか?

ドーナツってなんだか絶妙なポジションなんですよね。パンほど日常に寄りすぎていないし、かと言ってケーキほど大げさなわけでもない。でも、お土産にもっていくと喜ばれる。そんな存在ってほかの食べ物では意外となくて、お客さんの日々のちょうどいい楽しみになるんじゃないかなと思ったのが最初です。

─ 言われてみれば、ほどよい存在です

それこそ、店をはじめた2011年当時は、ドーナツといえば、ほとんどミスタードーナツ一択。個人で出しているお店もそんなになかったので、ライバルが少ないと思ったのもありましたね。

─ たしかに、当時はドーナツ屋さんってそんなになかったですよね。京都で10年以上親しまれる、かもDONUTらしさはどんなところにあると思いますか?

おいしいとか、素材がいいとかっていうのは当たり前。たとえば小麦は料亭で使うようないいものを使っていますが、すごく違いを感じてもらえるものでもないので、お客さんにそんなにアピールはしていない。でもその代わり、いいものだから自信を持ってお子さんにも食べてもらえるんです。

季節限定のものも含め、約30種類のドーナツがショーケースに並ぶかもDONUT。どれにしようかと胸が高鳴る、豊富なラインナップ

─ ショーケースに並ぶドーナツは見ているだけでわくわくしてしまいます。

僕自身、小さいころ近所にミスタードーナツが初めてできた時の記憶が大きくて。当時、まだ日本にできたばっかりで、ジュークボックスが置いてある、アメリカのクラブハウスのようなお店でした。ショーケースには、見たことのない種類のドーナツがたくさん並んでいて、どれにしようか選ぶ時間が本当にわくわくしたのを覚えています。
自分がドーナツ屋をつくる時にその原体験というか、親子がショーケースをのぞきこみながら「どれにしよう?」って選ぶ光景がまず思い浮かんだんです。なのでせっかくつくるなら、カラフルだったり、いろんな味があったり、たのしいドーナツがいいなと思い、今のラインナップや店の形になりました。

カラフルな見た目も嬉しい

─ 毎日約30種類並ぶと聞いて驚きました。

毎日来ても、飽きずに楽しめると思います。いつもの定番ドーナツと、もうひとつ違う味に挑戦してみようと思った時にちゃんと選択肢がある。
もともと僕はアメリカのドーナツ文化に憧れて、視察にも行ったんですけど、向こうではドーナツって日常なんですよね。どこにでも売っていて、種類も日本よりもっと多くて。たとえば、うちの店にも並ぶ「アップルフリッター」はアメリカでは定番ですが、日本ではなかなか見かけないドーナツです。ほかにも、季節限定のものや、今だとオリーブを使ったものなどもあるので、いつものドーナツと、ぜひもうひとつは未知の味に挑戦してみてください。

「アップルフリッター」はごろっと角切りのりんごが入った、アメリカでは定番だというドーナツ

─ 価格も100円台からというのがありがたいです。

もう本当に限界の値段で、コンサルタントの人とかに見せたら怒られると思っているんですけど(笑)。それでも、“普段づかい”というところを崩したらうちではなくなると思っているので、できる限り守っていきたいと思っています。

「かもDONUT&coffee」ではイートインが可能。ドーナツと店主イチオシのコーヒーがマッチする

─ 今回お邪魔した堀川商店街の「かもDONUT&coffee」は、イートインスペースがあり、飲み物と一緒にドーナツが楽しめます。なかでもコーヒーのセレクトに苦心したとお聞きしました。

うちのドーナツに合うコーヒーがなかなか見つからなくて、開店して最初の5年くらいはコーヒーを出していなかったんです。あるとき、京都・大原にある河太郎珈琲店さんのコーヒーに出会いました。主張が少なくて、ドーナツの邪魔をしないけどしっかり味があり、冷めてもおいしくて、ドーナツとの相性がばっちりなんです。

─ これから、かもDONUTをどんなふうに続けていきたいですか?

もともと、観光客が少ない場所で、「暮らしの街」に馴染むドーナツ屋にしたかったんですよね。ちょっとしたおやつとして買いに行ったり、友人の家に遊びにいくお土産に買ったり、これからも変わらず近所の人の日常の延長線上にあるような店でありたいですね。

■ かもDONUT 北大路本店

※テイクアウトのみ
営業時間:10:00〜19:30
定休日:火曜日
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■ かもDONUT&coffee 堀川店

営業時間:9:00〜20:00
定休日:火曜日
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バリスタの経験から辿り着いた、
コーヒーと相性バッチリなドーナツ

「loose kyoto(ルースキョウト)」は、清水坂の途中にあるコーヒーとドーナツのお店。店を切り盛りする梅田孝也さんは、バリスタとして10年以上の経験を積んだのち、弟の旭也さんとともに loose kyotoをオープンさせた。コーヒー、ドーナツともに味は本格的でありながら、ふらっと気軽に楽しめる雰囲気のお店は、連日観光客や地元客でにぎわう。

店の様子をぼんやり眺めながらドーナツをいただくもよし、テイクアウトもよし、な使い勝手の良いお店

◎ loose kyoto ドーナツ(プレーン)

小ぶりなドーナツは、1個と言わず2個3個と食べたくなるうれしいサイズ。神戸の農家から仕入れる全粒粉を使った生地に、時間が経ってもおいしく食べられるよう太白ゴマ油を加えるそう。
米油で両面じっくり揚げると、外はサクッと中はふんわりな仕上がりに。表面にかかったキビ砂糖もあいまって、思った以上に軽く、何個でも食べたくなる素朴なおいしさ。1日4、5回は揚げるそうなので、タイミングがあえば揚げたてに巡りあえることも。

─ ドーナツをメインのメニューに据えたのはどうしてでしょうか?

コーヒー屋をやることは決めていたのですが、コーヒーとなにかの2本柱にしたい。そのもうひとつを何にしようって考えながらいろんなお店を回って、とあるドーナツ屋に入って揚げたてを食べた時に、あ、これや!ってなったんです。シンプルで、流行りに乗らない、昔ながらの素朴なドーナツがいいんじゃないかって。

揚げたてドーナツの香りに誘われて……

─ コーヒーがまず先にあって、ドーナツと出会ったんですね。ドーナツをつくると決めて、実際に提供するまでどんな紆余曲折がありましたか?

ドーナツって決めてから、半年くらいですかね、毎日毎日ドーナツを試作して、一度はドーナツを嫌いにさえなりました(笑)。そんななかでも、どこまで素朴にシンプルにできるか、ずーっと考えてました。

─ 一貫していたのは“シンプルさ”だったんですね。

僕は個人的に、シンプルで味の想像がある程度つくものを食べた時に、その期待値を超えてくると、人は感動するんじゃないかなと思っています。逆に、見た目が派手なものはそもそも期待値が高いので、なかなかそれを超えづらい。その点、うちのドーナツはシンプルな見た目から期待値がそこまで上がらないので、超えた時の感動が大きいんですよね。地味な見た目の定食屋に入って、想像以上にうまかった時に感動するみたいな。
うちも目の前でお客さんが食べてくれることが多いので、ドーナツを食べた瞬間、誰にも聞こえないような声でボソっと「うま」とつぶやいてくださった時が一番うれしいですね。

─ 思わずこぼれた「うま」は絶対本当のやつですね。 ドーナツの製造には「ドーナツマシン」なるものが使われているとか……?

なるべく揚げたてをご提供できるように、ドイツから取り寄せた「ドーナツマシン」で都度揚げています。生地を揚げ油に絞り出して、油を切ってレーンに流してくれる、ドーナツに特化したマシンです。続々と揚がる黄金色のドーナツと甘い香りもあいまって、子どもや海外の方がよくガラス越しにのぞいてくれますね。

ドイツから取り寄せたというドーナツマシン。出来立てドーナツが流れてくる

─ 次々と揚がる、黄金色のドーナツ……いつまでも見ていられそうです。

味も素朴で甘すぎず、飽きがこないシンプルなドーナツを目指しています。
あとは、小ぶりなサイズですね。京都ってコーヒー屋が多くて、カフェ巡りをされている方もけっこういらっしゃるじゃないですか。大ぶりのドーナツももちろんいいんですけど、それだとうちだけで満足しちゃう。せっかく京都を楽しむなら、ほかのお店も巡っていろんなものを食べてもらいたいなっていう気持ちもありますね。

ドーナツはプレーンのほかに、チョコレート、ストロベリー、カスタード、抹茶、ほうじ茶の計6種類

─ カフェや飲食店巡りは京都旅行の醍醐味でもありますよね。梅田さんは、loose kyoto以外に2店舗切り盛りをされています。

loose kyotoが最初の店舗で、二条城近くに同じくコーヒーとドーナツをメインとした「HOO(フー)」、神宮丸太町に昨年オープンした、コーヒーとタコスの店「CHALLE(チャレ)」があります。どちらの店でも、loose kyotoとはまた違ったドーナツを扱っているのでぜひドーナツ巡りしてみてください。

─ 最後にこの店での過ごし方、ドーナツの楽しみ方について教えてください。

やっぱりうちはコーヒーから始まっているので、コーヒーとドーナツのセットはぜひ味わってみてほしいです。コーヒーは、ドーナツのレシピに合わせてぴったりのものを考えて、焙煎しています。個人的には、ブラックのコーヒーより、ミルクが入っているほうが相性がいいかなって思います。小麦と合うんですよね。

結局コーヒーやドーナツがおいしいのは当たり前で、僕らが目指しているのは、コーヒーやドーナツとともに流れる空気やカルチャーを味わいに来たり、僕らスタッフに会いに来てもらえるようにすること。いつかそんな場所になれば良いなと思っています。

■ loose kyoto

営業時間:9:00〜18:00
定休日:不定休
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母の思いから生まれた
無添加ドーナツがそのままお店のメニューに

最後に訪れたのは、河原町三条にある喫茶店「六曜社」。1950年に地下のスペースからスタートした老舗喫茶で、現在は地下店を2代目である奥野修さん、1階店を3代目で息子さんの薫平さんが切り盛りする。

今年で創業75年、言わずと知れた名物喫茶

河原町三条という街中でほっと一息つけるオアシスとして、老若男女に親しまれて75年。今回は1階店の店主であり、幼いころからドーナツを味わってきたという奥野薫平さんにお話を伺った。

◎ 六曜社  ドーナツ

コーヒーとともに人気のドーナツは、薫平さんのお母様が毎日手作りしているそう。見た目も味わいもとてもシンプルで、ぎゅっと詰まったしっかりと固めの生地は、ザクザクとした食感とどこか懐かしく素朴な甘さでコーヒーによく合う。12時から提供開始、なくなり次第終了。

─ 今や六曜社のシンボルのようなドーナツですが、提供しはじめたきっかけはなんだったのでしょうか?

父が地下店を任されたのがだいたい40年前のことです。そのタイミングで、コーヒーに合うもの、おともになるものを何か出したいと考えて、母とふたりで決めたのがドーナツだったそうです。
もともと、母が添加物やスナック菓子を子どもに与えたくない、という考えで、幼いころから僕にドーナツをつくってくれていたんですよね。その延長のようなかんじで、お店でも母がつくったドーナツを出すようになったというわけです。母はもともとお菓子づくりが好きで、ドーナツ以外もケーキとかいろいろ焼いてくれました。

1階店店主の奥野薫平さん

─ 薫平さんにとっては幼いころから慣れ親しんだ味だったというわけですね。

それから約40年、僕がずっと育っていくなかで、たとえば中学とか高校の時なんか毎日お弁当をつくりながら、欠かさずドーナツもつくり続けてきたと思うと、かなりすごいですよね。
レシピは母いわく、門外不出です(笑)。あのまんまるな形も、実は型を使っていなくて、すべて熟練の手づくりです。材料もつくり方もそんなに特別なことはしていないと思うんですけどね。大阪にある100年以上続いている平岡珈琲店さんのコーヒーとドーナツを参考にしたとは聞いています。

コーヒーのおともに考案されたお菓子のラインナップ。ロールケーキのクリームは、バタークリームなんだそう

─ 初めて食べてもどこか懐かしいような、素朴でほっとする味です。

僕らはお店の立ち位置として、お客さんの日常に寄り添うことを常に意識しています。「今日は六曜社でいっか」とか「ちょっと六曜社で腹ごしらえするか」というような、気軽な使い方をしてもらうことが喫茶店の醍醐味だと思うんですよね。だから、ドーナツもあえてデコレーションしたり、コーティングしたりはせず、飾らないシンプルなものを提供しているというわけなんです。

─ シンプルだからこそどんな時でも寄り添ってくれるんですね。

あくまで僕個人の考えですが、映えとか写真に記録してもらうことを大事にしているお店もあるとは思うんですけど、それだと求めるものが商品だけになってしまうと思うんです。うちは、商品ではなく時間を提供しているという感覚なので、コーヒーもドーナツもあくまでお客さんの時間の脇役でありたいと思っています。

地下と1階で提供するコーヒーが異なる六曜社。コーヒーとの相性から、地下店ではトースターで温めたドーナツ、1階店ではそのままのドーナツを出しているそう

喫茶店って別に最高を求めるものじゃないと思っていて。もちろん、誰かにとっては最高になることはあるかもしれないですが、日々忙しく過ごすなかで、ほんのちょっと立ち止まる止まり木というか、自分の時間を再確認して何かをリセットする場所というか、そういう日々の句読点になるような場所でありたい思っています。
ドーナツでいえば、手づくりであることで、落ち着くとか、自分の実家のおやつを思い出すとか、そんな情景がドーナツを介して生まれれば、それもまた居心地だと思います。

─ 日々をふと立ち止まれる場所って誰しも必要です。

コーヒーもドーナツももちろん研究を重ね、自信をもって提供していますが、そのこだわりをお客さんに押し付けるのは個人的には違うと思っていて。
喫茶店は、本を読んだり、友達と話したり、お客さんそれぞれの多様な時間が存在する場所。そのかたわらにある贅沢として、コーヒーとドーナツがある。それがなんでもないものだったらそれまでなんですけど、そこに僕らの思いがあることによって、その贅沢感って確実に上がるし、よりその時間が充実すると思っていて。そんなちょっとした贅沢を片手に過ごしてもらいたいなと思っています。

■ 六曜社珈琲店

営業時間:8:30〜22:30(1階店)、12:00〜23:00(地下店)
※ドーナツの提供は12時〜
定休日:水曜日
HP
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京都でドーナツが盛り上がる理由

取材を通して感じた、ドーナツが盛り上がっている理由、それはドーナツが気取りすぎず、しかし追求しがいのある、プラットフォームとしての懐の深さをもちあわせているからだろう。
アイデンティティのシンプルさゆえ、自分なりのカスタマイズが可能であり、つくり手の個性の追求が大いに許されるドーナツ。ミスター・ドーナツを筆頭にして老若男女に愛されてきた土壌があるからこそ(今回取材した店主全員がミスドを称えていた)、そしてもともとそれ自体のキャラクターが濃くないからこそ、個人の熱意や信念をしっかりと受け止めてくれるのだ。こうした懐の深さのもとで、今ドーナツが盛り上がりを見せているのかもしれない。

そして、そんなドーナツを売りにするのは、日常に馴染む通いやすさがありながら、たしかな情熱をもった隠れ情熱系のお店たち。今回出会った店主たちも4者4様、胸の内に熱い思いを秘めており、その熱量に驚かされた。一見普通の顔をしているけど、静かな情熱を宿している、そんなお店のスタイルもどこか京都らしく感じた。ドーナツが看板メニューになっているお店のドアの先には、静かな情熱を燃やす店主との出会いが待っている、と言えるのかもしれない。

観光でも日常でも、京都で過ごす時間にでしゃばりすぎず寄り添ってくれるドーナツ。
特別すぎない、でもあるとちょっとうれしくなるちょうど良さが京都にはしっくりくるのだろう。

【おまけ】

ちなみに、本記事を作るにあたって編集部がリサーチした京都のドーナツリストはこちら。
京都ドーナツ巡りの参考資料として、どうぞご活用ください。

【ポmagazine】京都ドーナツリサーチ

※ 掲載内容は、2025年6月に調査したデータになります。
※ リスト内の掲載情報は内容の誤り・真偽については注意深く確認をおこなっておりますが、万が一、間違い等がございましたら訂正に応じたいと考えております。(問い合わせ先:contact@potel.jp)

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企画編集(順不同、敬称略):光川貴浩、河井冬穂、早志祐美(合同会社バンクトゥ)
テキスト(敬称略):オギユカ
撮影(敬称略):山北茜