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塚田ありな

京都・魔界伝説。神出鬼没の鴨川デルタから店主の消えるスナックへ。

「ポmagazine」編集部
「ポmagazine」編集部

噂の広まり

井戸端会議

旅人が見た京都はおもしろい。 京都以外の地域で暮らす人々が、京都で過ごした日々を書く寄稿シリーズ 「エッセイステイ 〜あの人が見た京都〜」。今回は第四弾です。

書いてくれたのは、東京を拠点にアートやサイエンスを越境した編集・執筆や企画プロデュースで活躍する塚田有那(つかだ・ありな)さん。最近では『RE-END 死から問うテクノロジーと社会』の出版や、本著と連動した展示「END展 死×テクノロジー×未来=?」が話題となりました。

京都出張のおりには、仕事だけではなくしっかり京都の夜を楽しむ塚田さんの裏側の京都は、あまりメディアには出ない風景かもしれません。魑魅魍魎たちの百鬼夜行的夜会の一部始終をお楽しみください。

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京都は魔界である。

なにを突然、と思われるかもしれないが、GoogleかAmazonの検索画面で「京都 魔界」と入力してみてほしい。出るわ出るわ、京都の魔界伝説。菅原道真を筆頭に、およそ千年の都の歴史とともに根深く絡みつく怨霊、魑魅魍魎の数たるや。そしてそれら霊魂を鎮めたもうと、時代時代の術師たちが張り巡らせた無数の結界。有名無名の神社仏閣のみならず、小路のちょっとした辻に至るまで、京都を歩けば複数のレイヤーにまたがる結界を発見する。

京都タワーを一瞥してタクシーに乗り込み、五条を超えたあたりから「魔界・京都」の香りが漂ってくる。何も恐ろしいものではない。術師たちのこしらえた結界と魍魎との攻防戦を肴に、鴨川あたりで缶ビールを開けるのも一興だ。

え? 『陰陽師』(原作:夢枕獏/マンガ:岡崎玲子)の読み過ぎだって?

それか京極夏彦先生に心酔すぎているとでも?

仕方ないじゃないか、それが京都なのだ。日本でこんな気配が漂う都を私はほかに知らない。古都・京都の最大の魅力はここにある。異界への入り口がすぐそこにありながら、非常に人間くさい街。なんだって飲み込んで、なんだって発酵させてしまう街。生者も、動物も死者も、目に見えぬものたちも一切合切引き連れて、夜な夜な宴が始まる街、それが京都だ。断言するが私はそんな京都が大好きである。

京都の魔界伝説、その1

京都出張が決まると、いの一番に連絡する友人たちがいる。10年来の付き合いである奴らは、集まりの場に京都の妖怪たちを引き連れてくる妖怪番長だ(そのうちひとりはこのポテル立ち上げのディレクションをしたりしているらしい)。

いつかの初夏には、「鴨川デルタ集合で」という呼びかけとともに宴がスタート。近くにある出町柳の商店街で酒や惣菜を買い込み、宵の刻からぞろぞろと人が集まってくる。人が人を呼び、気付けば十数人を超えている。すっかり夜の帳が下りる頃には、百鬼夜行がスタートだ。大体が暗いので誰がいるのかよくわからない。気心の知れた友人もいれば、さっき会ったばかりの人なんかも続々と増えていく。もしかすると鴨川あたりに住み着く魍魎も混じっていたかもしれない。そこにいるのが誰であろうと、酒が尽きるまで宴は続く。

夜の鴨川

あるときは木屋町のバーからバーをはしごしたりするのだが、私は大抵が先述の妖怪番長たちに連れられているので二度と行けない場所ばかりだ。すごくいい雰囲気のカルチャーバーに行った気もするし、ときにアートやマンガや音楽について感動的に語り合った気もするのだが、ひとりでは二度と行けない。あれはどこだったんだ。

そんな飲み屋のはしごを続けていくと、ドラクエのパーティのようにぞろぞろと列をなして、人が増えたり減ったりしていく。どの時間に誰と誰がいたのか、翌日は誰ひとりとして覚えていない。いつかは朝4時にふと周囲を見渡すと、名前も知らない女子大生とふたりで木屋町のカラオケにいたことがあった。京大の院生だと話していた気がするが、名前が一切思い出せないばかりか、翌日共にいた友人たちに聞いても誰も知らないという。その後、全員が口にした。「あいつ誰だったんだ」。

京都の魔界伝説、その2

強烈だったのは、たしか大宮あたりにあったスナック「京子」である。これはすごい魔物だった。京子。年齢不詳の彼女は、はじめは酔いどれたちのカラオケにニコニコと手拍子を送っていた気がするが、いざ自分の番になると「ちょっとあんたたち名前書いて」と紙とペンを渡し、(主に男子に)名前を書かせる。京子がマイクを持った瞬間、千年眠った怨霊たちを呼び覚ます勢いで歌い始めた、「またがる海峡冬景色」。完全なる下ネタである。さっき紙に書かせた男子たちの名前を、色々とひわいな替え歌部分にはめてくる。元ネタ楽曲のサビ部分、「あああ~~あ~~」のあれに至る頃には、スナックにいた全員が絶頂を迎えていた。すごすぎて必死に録画しようとしたが、ぶるぶると震える私の手元のスマホにはなんの記録も残っていなかった。

しかもこの京子、ある時間を越えた瞬間に消えたのである。草木も眠る丑三つ時、いよいよ魔物が姿を表す時刻と言われるが、京子は違う。一瞬にして姿を消した。まだ大勢の酔いどれたちが歌い叫ぶなか、京子はウイスキーのボトルをカウンターにどかんと置き、自分の名前の看板を掲げた店を立ち去った。なんて勇気なんだ。店はどうするんだ。その日の売上はいいのか。というかなぜ消えたんだ? 

多くの謎を残したまま消えた京子。気がつけば私はカウンターの内側に入り「私が京子だ」と叫んで客に酒を注いでいた。あれは京子の生霊が私に乗り移った仕業に違いない。あのとき、私は京子だった。

京子

夜になればいくつもの伝説が生まれ、また記憶の彼方に消えていく魔界の都、京都。我々は酔っ払いではない。京都が私を酔わせるのだ。そんな魔界へ、また私は足繁く酒瓶片手に通うのである。

〈プロフィール〉
塚田有那(つかだ・ありな)
一般社団法人Whole Universe代表理事。編集者、キュレーター。世界のアートサイエンスを伝えるメディア「Bound Baw」編集長。2021年、岩手県遠野市の民俗文化をめぐるカルチャーツアー「遠野巡灯籠木(トオノメグリトロゲ)」を主催。近著に『RE-END 死から問うテクノロジーと社会』『ART SCIENCE is. アートサイエンスが導く世界の変容』(共にビー・エヌ・エヌ)、共著に『情報環世界 – 身体とAIの間であそぶガイドブック』(NTT出版)、編集書籍に長谷川愛『20XX年の革命家になるには-スペキュラティヴ・デザインの授業』(ビー・エヌ・エヌ)がある。

HP:http://boundbaw.com/

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