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2025.11.28
野菜がメインディッシュになる感動。ベジ料理のお店が京都に集っているらしい
噂の広まり
京都でおいしいベジ料理のお店が増えているらしい。
かつては一部の意識の高い人が食べるものというイメージもあった、ベジ料理。しかし京都ではここ最近、“おいしいから普通に食べに行きたくなる”ベジ料理のお店が盛り上がりを見せているという。
そんな動きを“ニュージェネベジ料理”と勝手に名付け、その現在地を探るべく、日々創意工夫に励む作り手たちを訪ねてみた。
目次:
#01 音楽、出版、食。多彩なバックボーンをもつ店主が手がける、“驚き”を生む異国料理
【suiro】
#02 ギャラリー併設の心地よい空間で、味の融合を楽しめるワンプレートランチ
【菜食光兎舎】
#03 馴染みある料理の再発見。ナチュラルワインとともに楽しむカジュアルな食事の場
【TARDES(タルジス)】
#01 音楽、出版、食。多彩なバックボーンをもつ店主が手がける、“驚き”を生む異国料理【suiro】
吉田神社の近く、吉田東通にあるのが「suiro(スイロ)」。ヴィーガンレストラン兼、展示やイベントを行うオルタナティブスペースとして2024年にオープンした。


店主の小田晶房さんは、もともと音楽誌の編集やライティングを生業としつつ、東京・渋谷で「なぎ食堂」というヴィーガン料理の定食屋を16年間営んでいた。2017年よりリソグラフ印刷機を用いた工房「Hand Saw Press」を主宰。現在も「Hand Saw Press Kyoto」を拠点とした出版活動、そして音楽関係の発信を続けている。音楽、出版、食、多彩なバックボーンのもとで活動する小田さんの新たな発信拠点「suiro」にお邪魔した。

ー 音楽誌の編集をされていた小田さんが、ヴィーガン料理の食堂をはじめたきっかけは、海外アーティストとの交流だったとか?
小田さん:一時期、海外のインディ・ミュージシャンの招聘とアテンドをしていたのですが、ベジタリアンの人間が多くて。その時、日本にはヴィーガン料理のお店が少ないなと感じたんです。もちろんあるんだけど、健康志向が強くて、油が控えめで味も薄味だったり。あとお高かったんですよ。これじゃあ彼らが楽しめる場所がないじゃないかと。くわえて、アニマルライツにも関心があったので、おいしさを追求したヴィーガン料理のお店をやってみようと思ったんです。


ー そこからなぎ食堂を16年。レシピ本も発行されていますが、料理はすべて独学とお聞きしました。
小田さん:いろんな国の料理の影響を受けていますね。アジア旅行に行くのが好きだったので、現地で食べてなんとなく味を覚えているものをまねてみたり、タイではキンジェーと呼ばれる菜食料理しか食べない期間があって、それ用に開発されたベジメニューを取り入れてみたり。あと、なぎ食堂の時はお客さんの6、7割くらいが海外の方だったので、母国の料理の話を聞いて参考にしていました。そんな世界の国々の料理や旅の記憶を辿って作っています。


ー 2024年にここ、suiroをオープンされました。なぎ食堂とは違ってお店ではメイン1品と7、8品のデリをワンプレート形式で出されています。このような組み立てになった理由は?
小田さん:理由のひとつは僕自身の食の嗜好の変化です。プレート形式のリファレンスのひとつになったのが「幕の内弁当」なんですが僕、若いころは弁当屋へ行ったらからあげ弁当一択で「幕の内なんて誰が頼むねん」くらいの気持ちだったんですよ(笑)。ところが今は年齢を重ねたからか、幕の内弁当みたいなおかずが複数入った食事がめっちゃうれしいんですよね。それに、ああいうメインといろんなおかずがちょっとずつついている、いわゆる定食文化って日本らしいものだと思っていて、大切な文化のひとつだと思うんですよ。そこから、今新しくお店を作るならそういうおかずが複数ついた食事を出そうと思ったんです。

ー 1品ずつ、新しい味の発見があって驚きました。
小田さん:やっぱりおもしろいものを作りたいっていう思いが強いですね。7、8品あるうち、ひとつくらいは、食べた時に「なにこれ?」ってなるものを作りたくて。どうせお金を払って外食をしてもらうのだから、ほっとするような馴染みの味もいいけど、ちょっとくらい口にあわなくてもいいから食べたことのないであろう不思議なものを必ず1品は入れようと思っています。

ー 動物性の食材を使わないことで、逆に創意工夫が生まれるような部分もあるのでしょうか?
小田さん:正直、お肉って焼いて塩かけるだけで大体はうまいじゃないですか(笑)。あと食感ってめちゃくちゃ大事で野菜では出せない。植物性のものを扱ううえでは、いろんなスパイスを加えてみたりしながら試行錯誤しています。

小田さん:あと、うちの料理は基本的に、混ざった時のおいしさも気にしているというのがあって。それは、スリランカカレーって一皿で数種のカレーや副菜をちょっとずつ混ぜながら食べるんですけど、違う味のものを混ぜるとめちゃくちゃうまくなるみたいなことってあるじゃないですか。
あれって実はすごく明快な話で、たとえばグルタミン酸とイノシン酸が混ざったらうまみを倍に感じるとか、科学的な理由があるんですよね。うちも汁っぽいものは小さな器に入れてますけど、味の違うデリをちょこちょこ隣り合わせてワンプレートにするのは、実はちょっとずつ混ざった状態になるようにというねらいもあったりするんですよ。
ー 南インドのミールスなどにも近い発想ですね。小田さんは、料理、音楽、出版、異なる分野で活動されていますが、互いの活動が影響し合うことはあるのでしょうか?
小田さん:めちゃくちゃつながっています。すべてに通じるのは結局、「驚きをどう生み出すか」という発想。やっぱりみんながちょっと驚くこととかおもしろいって思うものを出したい。それは料理も音楽も出版も、ジャンルは違えど根底はすべて同じだと思っていて、その重なりは常に感じています。


#02 ギャラリー併設の心地よい空間で、味の融合を楽しめるワンプレートランチ【菜食光兎舎】
銀閣寺のほど近く、白川通沿いに店を構える「菜食光兎舎(こうさぎしゃ)」。
木の板の外壁が特徴的な建物の2階にあり、1階では店主・加藤祐基さんの弟さんがギャラリーを営む。

もともと、錦市場にある菜食料理店「hale 〜晴(ハレ)」で働いていた加藤さん。独立し、2016年に店をオープン。当時京都ではまだ、菜食料理専門店はめずらしい存在だったが、見た目も華やかな具沢山ランチプレートがすぐさま話題を呼ぶように。
オープンからいよいよ来年で10年、近ごろ次なる構想も練りはじめているという加藤さんのもとへ伺った。

ー 加藤さんはもともと、菜食料理店「hale 〜晴」で働かれていたんですよね。
加藤さん:晴の店主・近藤さんとはもともとお友達だったんですが、僕自身野菜が好きで菜食料理にも興味があったので、お手伝いする形で10年ほど働かせてもらっていました。
お店では本当にいろんなことを教わりました。京都生まれではない僕にとって京都の真髄をたくさん学ばせてもらえる場所で、いわゆるザ・キョウト的なお料理もしかり、京都の人の気質や文化など、生活にまつわるあれこれをさりげなく教えていただきました。それを自分自身にうまく取り込めているかどうかはわかりませんが、楽しい時間をともに過ごし、京都のことがより一層好きになりました。

ー そこから独立して、お店をオープンされたのが2016年。
加藤さん:最初は弟が先にギャラリーの構想を立てていたんです。僕もお店をやるなら食だけじゃない時間を提供したいと考えていたので、一緒にやろうと声をかけて、1階にギャラリー、2階にご飯屋という今の形態になりました。

ー お店のメインメニューは、圧巻のランチプレートです。

加藤さん:料理を出した時にお客さんがわーってなるのがうれしくて、どんどん盛り込んでいったらこうなりました(笑)。ベースになっているのは、京都のおばんざい文化ですね。おばんざいは、僕が京都に取り憑かれた理由のひとつでもあるのですが、やっぱり京都には、お寺を中心に精進料理が発展してきた歴史があったりして、野菜をおいしく食べる知見があると思うんですよ。

ー そう考えると、もともと京都には菜食料理を楽しむ土壌があるのかもしれないですね。
加藤さん:僕自身、おいしい野菜を食べる喜びを感じてほしいと思っているので、お店で出している料理も、野菜が本来もっている雑味や苦味などのクセを消しすぎないように調理しています。
とはいえ、普段僕は植物性、動物性問わず食べるので、同じような方にも満足して食べてもらえるようにというところは大事にしています。1皿を構成するうえで、偏りが生まれすぎないよう、甘い、辛い、しょっぱいなど味のバリエーションをもたせたり、食材同士の組み合わせで遊んでみたり、食感の違いを生み出したりしながら、野菜だけでこんなに楽しめるんだ!と驚きを感じてもらえるように心がけています。
ー 細部まで心遣いが感じられるお料理ですね。
加藤さん:あと、野菜でうれしいのは、季節を感じられることですよね。そろそろナスが終わるから次はさつまいもだなとか。そうやって季節や気候に応じてプレートもどんどん変化していきます。京都はおいしい野菜が採れるところがたくさんあるので、京北町の農家さんなど、近辺の農家さんを中心にお世話になっています。


ー 満足感のひとつに、心地よいこの空間の力もあるような気がします。
加藤さん:ここでは、とにかく楽しく、気持ちよく食べてほしいということを大事にしています。店内に飾っているものは1階のギャラリーで展示をやった作家さんのものだったり、自分でちょこちょこ集めたり。気づけば集まってきたものもあります。

ー 来年10年を迎えるにあたり、新たな構想もあるとか?
加藤さん:食だけじゃなく、アートや暮らしといったジャンルもひっくるめて豊かさに触れられるような体験を提供したいという思いがあって。京都の美山で衣服のデザインをやっている友人がいるんですが、美山で一緒に何かやりたいねという話はしています。そこで、市場に出回らない野草を使った料理をしたり、いずれは自分たちで野菜も育てたりしてみたい。採れたてのものってパワーが違うんですよね。今後は、そんなチャレンジもしていけたらなと考えています。


#03 馴染みある料理の再発見。ナチュラルワインとともに楽しむカジュアルな食事の場【TARDES(タルジス)】
京都大学の近く、今出川通を一本入った閑静な通りに、2023年にオープンした、ナチュラルワインとプラントベースの料理のお店「TARDES(タルジス)」があります。


「TARDES」をはじめる前に店主の木山武則さんが働いていたのは、肉料理を中心としたビストロ。しかし独立を機に自身の好きな料理たちをプラントベースで再構築できないか、と構想したことが、プラントベースの料理店として「TARDES」をオープンした背景にあると言います。
メニューに並ぶのは、春巻き、グラタン、麻婆豆腐など、ごく馴染みのある料理名。プラントベースだと気づかない人も多いという。
そんなタルジスのメニューの裏側にある思いや創意工夫についてお話を聞きました。

ー タルジスではプラントベースのお料理を提供されていますが、もとは肉料理が中心のお店で働かれていたとか?
木山さん:ステーキメインのビストロで働いていました。そこではずっとお肉のことを勉強していて。実際、独立後はハンバーグとか洋食のお店を出そうかと考えていたんです。でもまずはいろんな業態を勉強してみようと思って、お惣菜製造やスーパーの鮮魚コーナーなどで働いてみました。そこで衝撃を受けたのが、廃棄になる食材の多さ。そこから畜産の実態を調べてみたりして、お店をやるうえで命を扱うこと自体を今一度、しっかりと考えなければいけないなと思ったんです。

ー そこからプラントベースのメニュー開発を進められたのでしょうか?
木山さん:これからの時代に納得して続けられるお店をやりたかったので、もともとあったレシピを一度ゼロにして構想を練り直しました。それでも、もともとやりたかったグラタンや、ビストロ時代にも出していた牛肉のパテはすごく好きだったので、プラントベースで再現できないかなと開発を進めました。

ー 実際、お店のメニューは、馴染みのある名前のものが多いですよね。
木山さん:なるべくいろんなお客さんに来ていただきたかったので、メニューは基本的にみなさん耳馴染みのあるものを中心にしています。実際気がつかないお客さんも多く、4回目くらいで「ここってプラントベースやったん?」と聞かれたり。
あとは大前提として、動物性のものを食べたか、植物性のものを食べたかということ以上に、食べた後においしかったし楽しかったね、とここで過ごした時間そのものに満足感を感じてもらえることに重きをおいています。

ー 食事の場として満足できるって大事なことですよね。メニューの開発はどんなふうに?
木山さん:日々トライアルアンドエラーの連続ですね。たとえば、お肉の代替として大豆ミートを使うやり方があるのですが、納得いく味にならず……。どの食材が合うのか何度も研究を重ね、麻婆豆腐はひき肉の代わりにエリンギのみじん切りを、グラタンはカシューナッツと水と塩だけで作ったカシューナッツミルクを使っていたりします。野菜だからこそ成立するおいしさを感じてもらえることも狙って置き換えをしている感じです。


ー プラントベースのお料理をはじめたからこその発見はありますか?
木山さん:プラントベースで料理をやっていると本当に発見が多いです。たとえば、トウチっていう大豆を発酵させた黒い豆があるのですが、どこかアンチョビと似た風味があることに気づいたり。
料理って要は科学なので、動物性と植物性の違いはあれど、食べた時の共通する感覚ってあるんですよね。そういうノウハウって、お肉については先人たちがやってきた知見が山ほどあるんですけど、プラントベースの料理はまだあまり体系化されていなくて。
日々失敗を重ねながら思いついたことを試していて、もちろん大変ではあるし時間も足りないんですけど、終わりがない旅に出ているような感じでこれが楽しいんですよね。

木山さん:あとは、ビジュアルからレシピを考えることもあります。フランス料理のレシピ本とかを見て、色合いとか見た目がすごくきれいでこんな料理を作りたいと思って、じゃあそれをどうやって作ろうかと考える。まず完成形のイメージをして、そこから分解していくような感じです。
もともと絵とか骨董も好きなので、見た目でも楽しめるかというのは大事にしている部分ですね。


取材を終えて印象的だったのは、3者3様の一途な探究心。TARDESの木山さんからつぶやかれた「終わりがない旅」という言葉がまさにピッタリだ。野菜メインの食は肉や魚料理ほど幅広く体系化されていないからこそ、探求のしがいがあるのかもしれない。
彼らが生み出すものは、今後ますます驚きに満ちたものになるに違いない。新たな食の楽しみ、知らなかった味の扉が開く可能性を秘めたベジ料理から、これからも目が離せない。
企画編集(順不同、敬称略):光川貴浩、河井冬穂、早志祐美(合同会社バンクトゥ)、沢田眉香子
撮影:原祥子(suiro、菜食光兎舎)、渡邉力斗(TARDES)
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