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舞台芸術 サムネイル

演劇制作者に聞いた、舞台の楽しみ方。舞台芸術は、“よくわからないまま” でいいらしい

中井さん
中井希衣子
編集者 

噂の広まり

井戸端会議

演劇、オペラ、ミュージカル、歌舞伎や能・狂言、落語、人形劇、サーカス。「舞台芸術」と呼ばれるこれらのジャンル、それぞれなんとなくのイメージは浮かんでも、絵を観たり音楽を聴いたりするのとは違って、日常的な接点が少なく、どこかハードルを感じている人が多いのでは。

そんな壁を取り払うべく、京都で活動するパフォーミンググループがいるらしい。
彼らの名は「ソノノチ」。メンバーのひとりである、渡邉裕史さん(通称・べってぃーさん)は、舞台芸術の制作者でありながら、美術や音楽を学校で学ぶのと同じように、演劇をもっと身近に感じてほしいと、ワークショップやレクチャーを通じて、舞台芸術を広める活動を行っている。

そんな舞台芸術の伝道師ともいえる渡邉さんに、舞台芸術界隈で噂の活動と、初心者にぴったりな入門の仕方を伝授してもらった。

 

〈プロフィール〉
渡邊さん
渡邉裕史(べってぃー)さん
パフォーミンググループ「ソノノチ」をはじめ、複数の劇団公演で制作やアートマネジメントを担当。そのほか主に演劇を軸にしたワークショップのデザインやファシリテーション、MCなども。現在は「アート」が持つ表現やコミュニケーションの要素を楽しみながら教育に活かすワークショップデザイナーとして、アートと社会や教育現場をつなぎ、いつもとちょっと違う出会いや経験を通じて、「自分らしく、楽しく、心豊かに」成長していくきっかけづくりを行なっている。関係者いわく、まるで「うたのお兄さん」のような、うっかり手を振りたくなっちゃうキャラクター。

劇団の人たち、京都の街にどう生息してる?

『風景によせて2021 かわのうち あわい』
©駒優梨香 『風景によせて2021 かわのうち あわい』

これは、愛媛県東温市にある棚田。目をこらすと、あちこちに赤い点々が見えてくる。
「これ、パフォーマーなんですよ」。そう話すのは、パフォーミンググループ「ソノノチ」で制作を担当するべってぃーさん。

「赤い服を着ている人がパフォーマーで、この屋外の風景を舞台美術のようにいかして上演しています。普通の公道なので、パフォーマーの後ろを軽トラが通ったりもします。川の対岸から見ている観客には、何が本当で何が嘘で、日常と非日常の境界がわからない。それらが混ざってとけあうような状態を感じてもらいたいと思いました」

2013年の活動開始以来、日常と演劇の絡み合い方を考え続けてきたソノノチ。この作品のように、本来非日常であるはずの舞台芸術を、田園という日常的な風景のなかで上演したり、はたまた本番(非日常)と企画制作(日常)の間の温度感で、ワークショップや公開稽古などを実施したり。

べってぃーさんいわく、「数え切れないほどの劇団がいる」というほど舞台芸術が盛んな京都で、使える資源や場所をうまく活用しながら、たまになにかの拍子で触れるだけではない、日常にひらかれた舞台芸術のあり方について実験を重ねてきたチームなのだ。

では現在3人で活動するソノノチのメンバーは実際、京都の街で日々どんなふうに舞台芸術を生み出しているのだろう?べってぃーさんに聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

「ソノノチは自分たちで劇場を持っているわけではないので、最初の企画はオンラインでやったりしつつ、話が具体的になったら四条烏丸にあるシェアアトリエ・KAIKAに集合して、詳細を詰めていきます。演者や、美術・音響などのメンバーへのオファーを、街中の喫茶店で話してることもありますよ(笑)。公演の2〜3か月前には稽古に入るので、今度は同じ四条烏丸の京都芸術センターとかに通います」

ソノノチ活動風景

どうやら、京都の街には舞台芸術を支える環境がちらほらあるらしい。たとえば、四条烏丸の京都芸術センターは、審査が通れば無償で借りられて、利用に年齢や実績は関係がないのだとか。ほかにも、各区にある青少年活動センターは、30歳以下の若手なら安く借りることができる。

京都芸術センター
四条烏丸にある京都芸術センター

一方で、劇場の数はまだまだ足りないそうで、現在ある程度の規模で利用できるのは、ロームシアター京都、京都芸術劇場 春秋座、Theatre E9 Kyoto、東山青少年活動センター、各区の文化会館、京都府民ホール ALTI、京都府立文化芸術会館、UrBANGUILDなど10か所ほど。その数は2015〜16年ごろがピークで、運営の高齢化などを理由に現在は少しずつ減少しているという。

そんな環境下で、舞台芸術のおもしろさを街にひらいていくために、ソノノチでは3つの場づくりに取り組んでいる。

ひとつめは、公開稽古。開催日と場所を告知し、事前予約制でお客さんを迎え、リアルな稽古を公開する。

ふたつめは、月に1、2回開催するワークショップ。ソノノチが今つくってるもの、考えていること、困ってることをシェアして、結果、協力者が現れることもあるそう。
ワークショップ
3つめは、カフェ。こちらは月1回の開催で、ソノノチメンバーと一緒にお茶を飲みながら、ボードゲームをしたり、気軽に話したりするという。
カフェ
このような日常でも非日常でもないような温度感の場があることで、1回の舞台公演以外にも、舞台芸術に触れることができる。

「上演の機会って、年に1回とか2回とかのすごく限られた時間。お祭と一緒で、ハレかケでいうとハレだと思うんです。だからそもそも出会えるきっかけとか、話せる場をちゃんと開きたいなと思っていて。どういうふうに舞台芸術を作ってるかをシェアする場として、公開稽古とか、ワークショップ、カフェ、イベントをやってますね」とべってぃーさん。

そしてそんなシェアの場は、毎公演後に「展示」としても出現する。
「上演に使われた衣装とか小道具とか、あるいはクリエイション中に出てきたアイディアのメモを展示して、僕らの頭の中を見てもらえるようにしてます」

展示
過去に行われた展示の様子

舞台芸術は、その場かぎりの生もの。映画やドラマ、音楽などのように体験そのものをそのまま残すことが難しい。だからソノノチでは、舞台芸術をアーカイブとして残せるように、こうした展示を開催したり、レポートを残したりということにも取り組んでいるそうだ。

「レポートでは、実際に作った人たちがどういう思いで関わっていたのかを、あとがきのようにまとめています。あとは終演後に振り返りトークをしてみて、それを収録したり、お客さんのレビューを載せたりとか。こんな流れで作品ができて、終わった後にはこんな話になったんだねという内容を、ちゃんと形として残すものですね」

実際のレポートがこちら。パフォーマーたちによる振り返りのテキストがあったり、制作滞在中のスケジュールがあったり、鑑賞者たちによる感想があったり。行けなかったとしても、行ったときの自分が想像できるような内容になっている。

どこをどう見れば?舞台芸術の楽しみ方

ここまで京都、ソノノチ、舞台芸術、3つの関係について聞いてきたが、そもそも舞台芸術の楽しみ方をよく知らない人も少なくないのでは?
たまに人に誘われて観に行っても「なんだかよくわからない作品だったな……」と肩を落として帰ることもあるだろう。そんな話をべってぃーさんに投げかけてみると、意外な言葉が返ってきた。

「そもそも、わかるっていう前提から1回離れたいですよね。わかるっていうことは、共感であると同時に、もしかしたらそこにはもう、新しい発見はないのかもしれない。たとえば、紅白歌合戦とかって、それ知ってる、聞きたかった!っていうことを共感できる楽しみ方で、吉本新喜劇とかもそうですね、お決まりのパターンみたいなものをみんなが知ってて、待ってましたという状態。そういう楽しみ方でいいと思うんです。
一方で、アーティストの作るものは100%は理解できなくていいんです。たとえば、隣にいる友達とか家族とかのことを、すべて理解することは基本的に無理で、わからない中で自分なりにどう感じるか、相手はどう思っているかを考える。わかろうとすることは日常生活の中でも行っていて、そこに想像力を働かせていると思うのですが、自分にはなかった視点に気づいたり、価値観が広がったりする瞬間って、多分自分になかったものに出会ったときだと思うんですよ」

公演風景
©︎脇田友

わからないことを肯定する。そこにこそ大きな可能性があると語る、べってぃーさんの話はこう続く。

「舞台芸術は目の前で人が演じているものをダイレクトに受け取るライブの表現なので、新しい価値観に触れたり、自分のなかには無かった視点の広がりを体験することにとても向いてるジャンルだと思っています。もちろん映像とか美術などアート全般そうなのですが。特に舞台芸術作品は、観客として見ている自分に向かってくるエネルギーの矢印が強いんです」

じゃあわかるという前提を投げ捨てたときに、私たちはどんな風に舞台芸術を楽しんだらよいのだろうか?

「準備としては、スマホの電源を切るだけです(笑)。家でNetflixを見るときは、好きなときに止められるので、まるで自分がその場を仕切る司会者のようになれちゃう。でも舞台では、その時間がすべて。目の前に起こっていることを、ありのままに見るしかないんです。だから、普段生きている時間を一旦切り離して、その空間の中で起こることに身を委ねてみてください。舞台はどこを見てもいいんです。演者の細かい動きを見てもいいし、光を見てもいいし、立って拍手をしてもいいんです。
すると、見るというよりも、参加して一緒につくる、その場所の中に入って、一人間として参加している状態になります。理解しないといけない、全部わからないといけない、と思うのは、隣の友人を全部理解しようとしているのと同じですから。理解するという感覚を手放して、抽象的なものを抽象的なまま受け入れることが大事かなと思いますね」

年に一度、舞台芸術のお祭が開幕

京都では、ロームシアター京都をはじめ各劇場で、1年を通して個性豊かなプログラムが開催されている。なかでも、毎年秋に開催されるのが「KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭」。日本でもめずらしい国際的な舞台芸術祭で、約1ヶ月におよぶ期間中、京都の街をハックするように劇場や美術館、カフェなどあらゆる場所で舞台芸術のプログラムが開催されるという。

KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭
©小池アイ子 開催期間は、2023年9月30日〜10月22日。べってぃーさんも事務局に勤めておられ、各作品の制作秘話から最新イベント情報を配信する「KEXラジオ」では、DJを担当

「KYOTO EXPERIMENTは、EXPERIMENT(=実験的)な舞台芸術プログラムが集まる、年に1回のお祭です。上演後の感想シェア会があったり、ラジオがあったり、舞台芸術を楽しめるきっかけが散りばめられてると思います。シェア会では、鑑賞後にほかの人と感想を言い合いたい人たちで集まって、トークをするつもりです。そういう場で自分がもやもやしたこととかを言語化して、再発見していけるかなと。僕もファシリテーターとして入ってたりします」

 

ソノノチの活動は今年で10周年を迎え、これまでの活動を今年12月にKAIKAで展示予定。「わからなさ」を肯定する彼らの活動は、ハレとケの境目を溶かし、日常のそばにある舞台芸術を体現してくれるだろう。

 

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企画編集:光川貴浩、河井冬穂、早志祐美(合同会社バンクトゥ)
写真提供(敬称略):渡邉裕史