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アート、SF、絵本……。IDEA BOOKS・大西樹里さんの本棚にはジャンルを越えた探究心が共存しているらしい

堀部さんプロフィール写真
堀部篤史
書店主

噂の広まり

井戸端会議

「京都の本棚」は、京都の名物書店主として知られ、梅小路ポテル京都の宿泊ゲスト専用スペース「あわいの間」の”BOOK”スペースで選書も手がける「誠光社」の店主・堀部篤史さんによる連載企画です。
堀部さんが京都を拠点に活動するさまざまな方の本棚を訪問し、思考の幅を広げる本の話や、京都の街との付き合い方について対談を行います。

 

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「京都の本棚」第3回目は、オランダのアートブックディストリビューター「IDEA BOOKS」の日本代理人であり、岩倉の山腹に自宅兼事務所を構える、大西樹里さん宅にお邪魔してきました。

建築家に委ねず、自分たちで設計したという空間には随所に本棚が。
オランダから届く数多くのアートブックと、腰掛けて読書できるようにと緩やかな傾斜に設計された階段の脇には大量の文庫本。SFとアートブック、一見相容れない二本柱がそれぞれ独立して並ぶ書棚の根っこには意外な共通点が。
蔵書は人を表すと同時に、人を導くものでもある。

大西さんプロフィール
大西樹里さん
オランダ・アムステルダムに拠点をおく美術洋書の卸会社「IDEA BOOKS」のアジア支店のスタッフ。世界に11ヵ所ある代理店のうち、アジア支店として岩倉に自宅兼オフィスを構える。中国を除くアジア地域への書店や図書館を対象に、IDEA BOOKSがセレクトした本の卸を行う。

 

 

本棚全景_1本棚全景_2
ご自身たちで設計したという自宅兼オフィス。本棚と一体化した階段は、腰掛けながら本が読めるように、傾斜や幅を設計されたそう

ーIDEA BOOKSでお仕事をされるようになったきっかけってなんだったんですか?

大西さん:スカウトです。なぜスカウトされたかというと、大学を卒業して京都書院(*1)という書店も経営する出版社に勤めていたんですが、その時の取引先がIDEA BOOKSだったんです。
*1 かつて美術書を多く出版した京都の出版社

ー当時のIDEA BOOKSは、日本にスタッフがいなかったんですか?

大西さん:いえ、当時オリオンプレスという写真映像を貸し出す会社に勤めていた方が私の前任を務められていたんですけど、その方がいよいよ辞められるというタイミングで私に声がかかったんです。
当時、京都書院は自社出版物を海外で売るためにフランクフルトのブックフェアに出展していました。そのような海外事業部門を立ち上げた当初、私がそこへ入ることになって、現地でIDEA BOOKSともやりとりをしていたんですね。その後、京都書院を退社してしばらくしたころに、代表のジョン・サイモンからFAXが届いたんです。同時期に京都大学でも勤めていたんですけど、本関係の仕事だったら自宅でもできるだろうと思い、引き受けることにしたんです。

大西さん

ーその後、銀閣寺に事務所を開かれるようになったんですね。

大西さん:堀部さんとの交流がはじまったのもちょうどそのころでしたね。7年ほどはそこでがんばっていたのですが、自宅と事務所の家賃を二重に払っているのが非効率だったのと、とにかく夫の蔵書量が多かったこともあり、岩倉のこの家を購入して事務所ごと引っ越すことにしたんです。

ー大西さんは、出版、海外のアートブック流通と、長らく書籍関係のお仕事を続けてこられたわけですが、本とアートいずれかにご興味があったんですか?それとも両方でしょうか。

大西さん:もともと、京都精華大学の油絵学科に通っていたんです。画塾に入って何年も浪人しているような人たちがいるなかで、ほとんど絵もかけないような私が受かってしまった。当時は不思議だったんですけど、おそらく合格した理由っていうのが英語の点数が良かったのと、森田芳光監督の『の・ようなもの』をテーマに論文を書いたんです。「アメリカ留学から帰国したら日本には『の・ようなもの』であふれていて驚いた」みたいなことを書き連ねたらそれが良かったみたいで。

大西さん

ーなるほど。語学力と批評性が重視される、という意味ではいまのお仕事につながっていますね。

大西さん:そうですね。でもこの仕事を続けていられるのも、本が大好きというよりも、IDEA BOOKSの代表 ジョン・サイモンのあり方に共感した部分も大きいですね。彼と一緒に仕事をしていてよくわかるのは、流行りや売上げを根拠にするような選択を一切してこないんです。私自身は、取り扱っている本それぞれに対してものすごく思い入れがあるわけではなく、あくまでモノとお客さんとの間に自分がいる、くらいの客観的なスタンスでいるつもりで。
だからこそ、IDEA BOOKSのラインナップが建築という分野を重視しているのにも共感できるんです。アートって作り手の感情を表現し評価されるものだと思うんですけど、建築ってその表現を形に残すというところにすごさがある。素晴らしいものでも、人が住めたり公共のものになったりしなければ意味がない。そういうところになにか揺るぎないものがあると思うんです。

本
御所南の町家スペース「Bonjour!現代文明」での内覧・受注会を終えたばかりだったという取材時。事務所には、サンプルである海外の美術書がずらり

ー大西さんは、これまで数えきれない本を扱ってこられたかと思うのですが、なかでも特に印象深いタイトルとかってありますか? 事務所にある本はある意味、蔵書というより、出入りするものなのかもしれませんが。

仕事場本棚正面
IDEA BOOKS の日本オフィスでもある事務所スペース。書棚には洋書のサンプルがぎっしり
大西さん

大西さん:仕事を続けているなかで、日本の書店に洋書を売る、というだけではなく、日本の出版物をIDEA BOOKSを通じて世界に販売する業務も大きくなっていったんですね。
そんななかでこの『ペット・アーキテクチャー・ガイドブック』という本は転機になった一冊です。大阪の書店で手にとってすぐ私が取り扱いを提案したんですけど、ジョンはしばらくの間拒否していたんですね。にも関わらず「建築にさほど知識がない私でもおもしろいんだから」とプッシュし続けた結果、大ヒットになったのがこの本です。ここまで海外で認知されたというのは、自信になりましたね。

ペット・アーキテクチャー・ガイドブック
『ペット・アーキテクチャー・ガイドブック』。都市空間にたたずむ、ペットのように小さな建築物を紹介する

大西さん:あとは、1999年に開催されたドナルド・ジャッドの展覧会の図録。見た瞬間にこれは売れるなと判断して、展覧会の会期終盤、キュレーターの方へ流通のお話を持ちかけたところ「お金を貸すからやらないか?」とまで言われて、わざわざ増刷して取り扱ったんです。この2冊は印象深いですね。

Donald Judd selected works 1960-1991
『Donald Judd selected works 1960-1991』

ー IDEA BOOKSの事務所スペースに加え、なんといっても圧巻なのが、階段と一体化した書棚です。

本棚全景_3
階段を挟む形で、左手壁面にご主人の蔵書、右手壁面に大西さんの蔵書が並ぶ

大西さん:右壁面には、私の個人的な本だったりいただきものの本が並んでいます。結果的になんでしょうけど「祈り」とか「少女性」みたいなものをモチーフにした本が多いですね。子どものころから救いを求めていたところがあるので、人を傷つけたりするような強さのものよりも、救われたいという心性が現れている気がします。一方で、左壁面に並ぶ夫の趣味はまったく分からなくって。

本棚正面
大西さんご自身の蔵書スペース。趣味で集めるという小さな置物や人形も
SF小説一方、階段壁面を埋め尽くすのがご主人の蔵書。SF好きだという書棚は興味がそそられるばかり

ーご主人の書棚にはハヤカワのタイトルが圧倒的に多いですね。

大西さん:以前ある人が訪ねてきた際、この本棚を見て一言「このひとよく結婚できたね」って(笑)。
大半がSFなんですけど、あるとき主人が少女漫画を読みだしたので意外に思ってたずねてみると「少女漫画はある種のSFだ」って。

小説

大西さん:あと、ここの数冊、端っこが焦げているでしょう?彼が学生のころ住んでいたアパートで、別の学生さんが夜中に寝タバコでボヤを起こしたんです。消防車が来てようやく飛び起きて、あわてて持ち出したのがここにある本なんだそうです。

ーいい話ですね。でも、おふたりが共通してお好きな本とかってあるんですか?

大西さん:夫と出会ったときに、子供のころ何読んでいた?という話になってあがったのが『カロリーヌとおともだち』の絵本だったんです。彼は幼いころから本好きで、同時に親が転勤族でもあって、ものすごい回数転居しているんだけど、彼の母親が「これだけは捨てなかった」っていうのがこの絵本なんです。

カロリーヌとおともだち
おふたりの共通する愛読書『カロリーヌとおともだち』

ーなるほど。間違いなくこれが一番古くからある本でしょうね。

大西さん:アメリカ、というか西洋の香りが詰まっていたんです。だからリプリントされた今の版ではなく、これじゃないとだめなんです。昔から周りに話してもあんまり読んでいないみたいで通じなかったんですけど、唯一の例外が夫だったんです。それを知ってものすごく安心したんです。これがなかったら結婚していなかったかもしれないですね。

ー意外なところに共通点があったというわけですね。
今日はお話ありがとうございました。

大西さん

 

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企画編集:光川貴浩、河井冬穂、早志祐美(合同会社バンクトゥ)
写真(敬称略):川嶋 克