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発酵ビギナーを「沼落ち」させる場が、京都に増えつつあるらしい

ムラカミリュウイチ
ムラカミリュウイチ
納豆ライター

噂の広まり

お祭り騒ぎ

“発酵食品”と聞いて、何を思い浮かべますか?健康との結びつきや味噌などの発酵食品、またはそれらを生み出してきた各地の食文化……。人それぞれかとは思いますが、朝・昼・夜、毎食欠かさず納豆を食べるライターのムラカミにとって、その答えは「納豆」一択。もはや発酵食品の頂点は納豆なんじゃないかと思っているほどです(笑)。

さて、かなり自己中な感じで始まりましたが、改めまして納豆をこよなく愛するライターのムラカミです。

納豆の食べ比べをスタートして約1年。これまでに200種類以上の納豆を味わってきました。日々、インスタグラムで納豆を紹介し、“納豆マガジン”という紙媒体の発酵(発行)も目下計画中。納豆以外では服も大好きで、ふたつの趣味が融合して立ち上げてしまった納豆アパレルブランド「ネバネバビーン」の発信も粘り強く行なっております。


本家「〇ル〇ルビーン」を彷彿とさせるカラーリングのTシャツをはじめ、今回の語り手として登場する「藤原食品」さんとのコラボグッズも展開しています

……すみません、止まらなくなりそうなので、納豆アピールはここまでにして本題に入ります。今回の記事のテーマは“発酵”。というのも、どうやら最近、発酵を取り巻くシーンがおもしろくなってきているようなのです。背景には健康ブームの高まりなどもありますが、いい意味で「癖のある」担い手の登場にも、ムーブメントの理由がありそうな気配が。そこで今回は、個性豊かな「関西発酵界のフロントランナー」3名を呼んで座談会を開催。それぞれに発酵食品を扱う3名が、独自の視点を展開します。

〈喋った人〉

写真右:藤原和也(ふじわら・かずや)さん
鞍馬口駅近くで製造する大正14年創業の老舗納豆屋『藤原食品』の4代目。全国納豆鑑評会で5年連続受賞となった「京納豆 大粒」など、全9種類の納豆を展開。オリジナルパンフレットの制作やイベントへの出店、左京区の書店「ホホホ座」での文庫本風パッケージの納豆の販売など、発信の面でも精力的に活動中。

写真左:池島幸太郎(いけじま・こうたろう)さん(ハッピー太郎さん)
滋賀県大津市育ち。日本海酒造(島根)、冨田酒造(滋賀)、岡村本家(滋賀)の3つの蔵で修業したのち、2017年1月「ハッピー太郎」として活動を開始。麹・味噌・鮒鮓(ふなずし)などを展開する「ハッピー太郎醸造所」を滋賀県彦根市に立ち上げる。発酵の幅広い経験と知識をもとに「話せる発酵屋」として活躍中。梅小路ポテルに併設する『梅小路醗酵所』の仕掛け人のひとり。

写真中央:助野彰彦(すけの・あきひこ)さん
味噌や醤油、酒などの発酵に欠かせない「麹のもと」である「種麹(もやし)」を生産する『菱六もやし』の代表。創業360年以上と言われ、麹文化発祥の地・京都に唯一現存する種麹屋として、東山の店には全国から発酵フリークが集まる。近年は米麹づくりのワークショップなども開催。さらには長いあいだ使われていなかった町家の麹室を蘇らせるなど、麹を取り巻く文化の復興にも努めている。


生産の拠点である滋賀県彦根産のお米を使った甘糀や無農薬大豆でできた味噌、日野町在来の日野菜漬けや湖魚の熟鮓(なれずし)まで、滋賀にこだわったラインナップ

国産大豆にこだわった納豆は、どれも粘り、そして旨味が強いのがポイント。京納豆、鴨川納豆は2パック分に相当するボリュームで納豆好きには堪らない。

『菱六もやし』では、小容量の種麹など家庭向けの商品も展開中。最近は甘酸っぱい甘酒を作るための「焼酎用種麹」が人気を集めているそう。近年、より気軽に使えるようにと乾燥米麹を低温でパウダー化した「米麹パウダー」も開発。お肉の調理やパンづくりにも大活躍

発酵プレイヤー同士は、接触NG?

ムラカミ:ここのお三方って以前から交流はあったんですか?

池島:藤原さんとは初めましてですね。でも僕の知り合いが藤原さんの納豆を使っていたり、ネット記事でよく見ていたりで、お名前はかねがね(笑)。

藤原:シンプルにうれしいな。ありがとうございます!

池島:普段、納豆は食べない習慣になってますけど、今日は久しぶりに掟を破ってみましょうか(笑)。実は納豆と麹菌は天敵同士。「混ぜるな危険」なんです。

ムラカミ:(朝から納豆を食べてきちゃったからソワソワするな……)

藤原:助野くんも絶対食べませんよね。というか、助野くんに関してはそもそも嫌いですよね(笑)?

助野:納豆、ダメだね〜。

藤原:まさかの普通に味が嫌いなパターン。

助野:最近では一回だけ食べたかな。(藤原)和也と「発酵食大学」で講座をした時に。その日は会社に帰れなかったですね。
*発酵食大学:日本人で古くから食べられてきた発酵食を通じて「食」を学び、楽しむことを目的に、ウーマンスタイルが企画・運営する社会人向け講座。

藤原:菌を持ち帰ってしまうとアウトですからね。

ムラカミ:もし持ち帰ったらどうなるんですか?

助野:実際どうなるかは不確定な部分も多いんですが、醸造業界のルールとしては基本よくないとされていますね。

藤原:知り合いの酒蔵の方も仕込み時は食べないそうです。仕込み終わってすぐに食べる納豆はめっちゃくちゃおいしいって言ってましたね。

ムラカミ:池島さんと助野さんは、以前からお知り合いなんですか?

池島:僕は酒蔵に務めていたので、以前から直接いろいろ教えてもらったりしてました。独立してからもお取引きをしていて、ずっとお世話になってますね。藤原さんは、納豆ということでずっと避けてきてましたけど……。

藤原:納豆屋の肩身が狭い空間だな……。

ムラカミ:切なくなってきました。納豆、おいしいのに……。

藤原:ちなみに助野くんとは家がかなり近所でして。小中、野球を一緒にやっていた先輩後輩だったんですよね。

助野:実はお互いが発酵に関わる前から交流があったんですよ。

藤原:菌同士の仲が悪くても、人間同士は仲良しです!

熱が高まりつつある京都の発酵シーン

ムラカミ:先程、少し話題に挙がってましたが「発酵食大学」というところがあるんですね。

助野:本当の大学ではないんですけど、発酵講座を誰でも受けることができる「大人の大学」ですね。本拠地は金沢ですが、実は京都教室のほうが人気なんですよ!

池島:僕の地元は彦根なんですが、お客さんが京都の発酵食大学に通ってましたよ。

藤原:広島や九州からわざわざ来たりもしますもんね。それくらい、発酵って今みんなが気になるテーマなのかなって思います。


「発酵食大学」で講義をする助野さん

ムラカミ:少し話が変わりますが、京都で発酵食品をつくるメリットってどんなことがあるんでしょう?京都の人は納豆を食べない、なんて話もありますが……。

藤原:食べないと思われているので逆におもしろがってもらえますね。でも江戸時代には京都でも納豆売りが歩いていた記録もあるんですよ。

ムラカミ:元々は京都にも納豆を食べる文化があったんですね。

藤原:今は健康ブームもあって積極的に食べる人が増えてるような気がします。僕が実家に帰ってきて7年経つんですけど、全然風向きが変わってきていて。昔は親から「継がないほうがいいよ」なんて言われたものですが(笑)。

池島:僕が醸造所オープンした3年くらい前はもう追い風に変わってましたね。昨年、ポテルの中に「梅小路醗酵所」ができましたが、ここ何年か、京都市内にはひとつも麹屋がなかったんですよ。

藤原:京都全体で見ても助野くんのところだけでしたもんね。


東山区で種麹屋を300年以上営んできた菱六もやし

助野:平安時代の京都では北野天満宮が麹づくりの覇権を握っていたこともあり、酒蔵などで麹をつくることができなかったんですよね。だから麹づくり専門の業者がたくさんいたんですが、今は各醸造蔵がその作業も担っているため麹専門だとなかなか厳しい。

ムラカミ:だからこそ家庭でも使いやすいかたちで麹を販売されているんですね。

助野:正直、麹売りなんかやってられるかってなったこともありますが(笑)。個人のお客さんで麹を探し求めている人、意外と多かったんですよね。 

池島:“麹迷子”の方、多いですよね。京都のお客さんがわざわざ滋賀まで注文しにきてたわけですよ。だからなおさら『梅小路醗酵所』ができて良かったと思います。

藤原:京都駅近くで発酵に触れられる場所ができたのは大きいですね。

池島:酒どころの伏見も近いですよね。こだわりをもって様々な試みをしてこられた酒屋さんが運営されていますし、普段、なかなか見せてもらえない酒蔵の杜氏さんの麹づくりを学ぶイベントなど、ワクワク感がある場所になっているはずです。そういえば、酒造りの途中で助野さんに力を貸してもらったこともありましたね。

助野:あったねえ。

池島:困った時にすぐ助けてくれる場所があるのも京都ならではなのかな。

発信の工夫で、「発酵」をアップデート

ムラカミ:発酵食のイメージも変わってきているのかもしれません。たとえば「発酵デザイナー」という肩書きで活動されている小倉ヒラクさんは「現在進行形のカルチャー」として発酵を発信している。皆さんの肌感覚としてはどうでしょう?発酵を「カッコイイもの」と捉える流れの存在は感じていますか?

藤原:うーん。僕は正直、まだ健康ブームの延長線上にあるのかなと思いますね。個人的には、伝え方をポップにしたいというのはあります。頑固な職人がつくっているというイメージではなく、できるだけ噛み砕いて伝えて、もっと気軽に踏み込んできてもらえたら。

ムラカミ:藤原さんの発信方法はたしかにおもしろい!書店である『ホホホ座』さんなどで販売されていた、まるで文庫本のようなパッケージの納豆は驚きでした。


書店で販売された「赤と黒」。パッケージを開くと、名前のとおり「赤と黒」の納豆が登場

助野:うちでは麹づくり体験や観光ツアーをやってたりしてますね。飛び交う情報はどうしても玉石混交になりますから、正しい知識を求めている人が多いみたいで。ネットや本で調べた情報が合っているのかを確認に来たという人、けっこういます!

藤原:そこから急速に発酵にハマっていくという人、多いですよね。

助野:ヒラクくんは大学の後輩なんですが、彼が発酵ワールドの入り口担当だとしたら、僕はその次の段階担当かなと。

池島:僕はどちらかというと形から入るタイプ。若い人にもいいなと思ってもらえるよう、まずは麹室をおしゃれにしたんです。うちは「会いに行ける麹屋」なので、発酵のあれこれをわかりやすく、おもしろくお話しすることで喜んでもらえたら。会いに来てくださる方、ぜひじっくりお話しさせてください!


細部のデザインにもこだわったというハッピー太郎醸造所の麹室

ムラカミ:いやあ、皆さん最高に熱いですね。これだけの熱量で発酵に携わる皆さんですけど、聞いたところによると最初はそうでもなかったとか……。

藤原:継ぐまでは7年くらい料理人をやってました。実家の納豆をプロの料理人が食べて「こんなにウマい納豆食ったことない」って言ってくれたりしたんですが、その時も継ぐ気はまったくなくて(笑)。

ムラカミ:今の姿からは想像がつかないですね。

藤原:何度か同僚たちの食べている様子を目にして「これだけおいしいと言って食べてもらえるものを、自分が継ぎたくないという理由で絶えさせてしまってはダメなんじゃないか」って、ふと思ったのがきっかけですね。

助野:めっちゃいい話。これのあとに言うの恥ずかしいな(笑)。僕は家の仕事内容を23歳まで知らなかったんですよ。就職しようと京都に帰った際に、母親に「うちも会社やってるで」と言われて。

ムラカミ:そんなことあります⁈

助野:酒蔵への就職とかも考えていたんですが、面接で僕の実家を知った面接官から「なぜわざわざうちに?実家を継がないんですか?」って言われたり……。それで一回ちゃんと勉強したほうがいいかなと東京の大学に進学しました。

藤原:そりゃあ皆さん「あの菱六もやしの息子さんがなぜ⁈」ってなりますよ。

ムラカミ:なかなか翻弄されていますねえ……。

助野:そこでいい研究者の方に恵まれて、当時最先端の研究に関わらせてもらったりしたのが意識が変わるきっかけでしたね。

ムラカミ:紆余曲折の末に帰って来たと。池島さんが発酵に関わるようになったきっかけはなんだったんですか?

池島:僕は単純に自分が酒をつくれるようになりたいというところからスタートして。島根と滋賀の酒蔵でがっつり修業させてもらったんです。


修業時代の池島さん

池島:ただ、酒造って独立ができないんですよね。よっぽどのことがない限り。

助野:免許もいるし、ハードル高いですよね。クラフトビールはあっても「クラフト日本酒」はあんまり聞かないでしょう。

池島:日本酒も何年かかかってその方向に進んでいくとは思うのですが、僕がスタートしたころは考えにくくて。そこで自分で何かをはじめるとして、勝負できると思ったのが「麹」だったんですよね。

発酵を仕事にできるのは「やさしい人間だけ」⁈

ムラカミ:皆さんそれぞれ発酵のプロなわけですが、現在のお仕事のどんな部分に心を掴まれているのでしょう?

池島:僕はトライアルアンドエラーの繰り返しにおもしろみを感じています。うちの場合、麹の発酵にかかるのは48時間ほど。新しい試みをすると、比較的早いサイクルで結果が見えるのが、せっかちな僕には向いているのかなと(笑)。

藤原:納豆の場合は20時間前後ですね。ただ感覚としては納豆をつくっているというより、「納豆になってくれている」というほうがしっくりきます。

助野:それ、このあいだ出演してたテレビ番組でも言ってたね。「ほっといたらできる」って。

藤原:話した記憶ありますねえ(笑)。もちろん温度管理なんかはしてるんですけどね。

助野:それは「ほっといてる」とは言えないんじゃ……(笑)。

藤原:ほんまですね(笑)。すみません、ほっといてないです(笑)!

助野:僕にとって、菌は「ワガママな彼女」のような感じ。少しでも機嫌が悪いと動かないし。不貞腐れたり、荒れてみたり。僕らがやっているのはご機嫌よく動いてもらうための舞台づくりなんです。

池島:水分であったり、温度であったり、湿度であったり。多すぎ高すぎではダメだし、少なすぎ低すぎでも動かない。

藤原:そう!菌のご機嫌取りに必死です。だからこの仕事はやさしい人間にしかできないんですよ!

池島:あっ、その説いいですね。そういうことにしてもらいましょう(笑)。

助野:それでもすべてはコントロールしきれないから、最後は運任せな部分もあるし。そういうのもあってか、ちょっとのんびりした人が多いかもしれないね。

池島:「これが正解!」っていうやり方は存在しませんよね。発酵の道にゴールはないんです(笑)。

ムラカミ:完成形が無いということが、ハマる人が多い理由のひとつかもしれませんね。

京都の発酵カルチャーは、まだまだおもしろくなれる


梅小路醗酵所

ムラカミ:これから、京都の発酵カルチャーはどのような方向に向かっていくと思いますか?

助野:京都はまだまだこれからだと思いますよ。拠点になりうる『梅小路醗酵所』もできたばかりですし。

ムラカミ:最近、京都には発酵料理のお店も増えてきてますしね。

藤原:前から味噌づくりのワークショップをやってるんですけど、集まる人が年々増えてます。

藤原:味噌づくりって簡単にできるじゃないですか。塩と麹と大豆を混ぜるだけなので、入門にピッタリだと思います。作業自体は一時間もあればできますよ。

ムラカミ:とっつきやすいってありがたいですよね。

助野:しかもおいしいですからね。「手前味噌」なんていうように、自分の味噌の味を覚えてしまうと、本当にほかの味噌が食べれなくなりますよ。

池島:発酵食品づくりは、完成を待つ日々がまるごと体験として蓄積されるんですよ。保存する場所が変わるだけで、香りが違うとか、色が違うとか。もちろん失敗することもあります。そういう体験を通じて「知識」が「知恵」に変わっていくんですよね。

池島:ネットや本で知識を得るだけではなく、実際に体を動かして手で触れてみると、どんどん「自分のもの」になっていく。

藤原:味噌なんて誰でもつくってみることができるのに、まったく同じものをつくることは誰にもできませんからね。

助野:発酵が身近になればなるほど、奥深さにハマる人がどんどん増えていくはず。その背中をどうやって押すか、それこそが僕らの役目でもあります。……と、難しい話もしてしまいましたが、結局は「楽しくつくれて、食べたらおいしい」っていうところこそ、発酵の魅力じゃないですか?

藤原:身体によくても不味いものって辛いですからね。おいしくて楽しい、それが一番です!


河原町のゲストハウス「Len」で毎月開催される朝食イベント「藤原食品 Presents 納豆とごはん」。(2021年2月現在は一時中止)藤原食品の納豆とおばんざいの定食が食べられる

発酵の沼にハマってみない?

現在、「発酵」の世界に足を踏み入れるための環境はかなり整ってきているのかもしれません。これも発酵プロフェショナルのお三方のおかげであります。発酵は納豆だけじゃなかったのですね(笑)。

まず、私を含めた発酵ビギナーさんは発酵食のお店に行ってみたり、発酵食品を食べて学ぶイベントに参加したりしてみましょう。おもしろくなってくれば、味噌づくりなどのワークショップもオススメです。さらに深く知りたければ、イベントやツアー、講座など、よりディープなお話を聞ける場所に足を運んでみましょう。そしてもちろん『梅小路醗酵所』にも。そんな発酵スポットがギュッと集まりつつあるのが京都なのです!

自分の手で麹を使って味噌をつくり、その味噌でお味噌汁をつくる。あわよくば、自家製の納豆もつくっちゃったりして、それらをご飯と一緒に掻き込む……。想像を膨らませるだけで何だか幸せな気持ちになってきます。私は明日から全部つくってみようと思うので、助野さん、池島さん、藤原さん、よろしくお願いします(笑)。

企画編集:光川貴浩、河井冬穂(合同会社バンクトゥ)
写真提供(敬称略):梅小路醗酵所、池島幸太郎、助野彰彦、藤原和也、ムラカミリュウイチ