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京都中の編集者が唸った。『ANTENNA・PORTLA』編集部がつくるフリーマガジンが話題らしい

京都中の編集者が唸った。『ANTENNA・PORTLA』編集部がつくるフリーマガジンが話題らしい

「ポmagazine」編集部
「ポmagazine」編集部

噂の広まり

井戸端会議

昨年10月、京都を拠点に活動するWebメディア『ANTENNA』の編集部が制作するフリーマガジン『OUT OF SIGHT!!!』の第一号が発刊された。創刊号の特集は「京都と音楽と、この10年」。京都の音楽業界に精通するANTENNA編集部ならではの視点と切り口が、音楽好きのみならず編集者・メディア関係者のあいだでも話題を呼んだ。

編集長を務めるのは、『ANTENNA』の創始者であり、多数のメディア制作を手がける編集者/クリエイティブ・ディレクターの堤大樹(つつみ・だいき)さん。『ANTENNA』のような自主活動とクライアントワークの二足で活動を行う。

堤さん

<プロフィール>
堤大樹(つつみ・だいき)
編集者/クリエイティブ・ディレクター
2013年に京都を拠点に活動するメディア『ANTENNA』をスタート。Webメディアや雑誌などあらゆる媒体の制作を手がけ、『PORTLA』『OUT OF SIGHT!!!』の編集長を務める。2016年に株式会社ロフトワークへ入社、クリエイティブ・ディレクターを務める。自身のバンドAmia CalvaではGt/Voを担当。

 

京都のカルチャーシーンを追い続けてきた堤さんが、ずっとつくりたかったという紙媒体の『OUT OF SIGHT!!!』。創刊の裏側を尋ねるとともに、業界を賑わせた『PORTLA』や『壌 JYOU』といったWebメディアをはじめとするここ数年の活動について聞いてみた。

カルチャーの街・京都は今

堤さんが『ANTENNA』を立ち上げたのは2013年のこと。自身がバンド活動をしていた時に感じた業界の閉塞感を打破しようと、ジャンルを問わずカルチャーに出会える場所として、フリーペーパーを制作したのがはじまり。

アンテナ vol.0
「ライブハウスで同じ顔ぶればかりが集まる現状を変えたい」という思いからスタートした『ANTENNA』。当時、関西には音楽やアートなどのカルチャーを発信するメディアが少なかった

それから約8年。発信者として街の動きを見続けてきたからこそ感じる変化もあったという。

「京都はずっとおもしろい街なんですよ。でもそのぶん、コンテンツを求める目線が常に強く注がれていますし、東京など大都市からのフックアップが早いと感じていて。他の媒体より早く良いものを発信したいという思いは、メディアに関わる者としてもちろん分かる。ただそれによって、地域や界隈でカルチャーがじっくりと育まれにくくなっているような気もするんです。それが良いのか悪いのか今は分かりませんが、その傾向は強まっていると感じます」

ここ数年で、発信者になることや、誰かとつながることのハードルはますます低くなりつつある。その影響で、京都から全国へと羽ばたいていくアーティストも多い。そんな「見つかりやすい」時代の光と陰を、堤さんは感じている。

「商売という観点から見れば、地域を越境できることはマーケットを広くするので間違いなく良いことですよね。交流によって他都市の空気を取り入れ、その流れをキャッチアップできるのも、アーティストにとってポジティブなことでしょう。しかしそれがあまりに加速すると、地域による独自性は薄まりますし、ムーブメントも細かく分散していく。京都も同様に、なにを『地域のらしさ』とするのかが難しい時代だと感じています」

矛盾・無駄・はみ出たものをおもしろがる

そんな京都の音楽シーンの変化に焦点を当てた『OUT OF SIGHT!!!』創刊号。今や京都を代表するWebメディアとなった『ANTENNA』を運営しながらも、堤さんのなかにはずっと紙媒体をつくりたいという思いがあったという。

「昨年『ANTENNA』のWebサイトをリニューアルした際、『特集』という機能を追加しました。これは雑誌のように、テーマに沿って複数の記事を紐付けて見せるというものなんですけど。元々『ANTENNA』の根底には、音楽や映画、アートなどあらゆる文化的な活動を横並びにすることで、読者の方とジャンルを越境して楽しんでいきたいという姿勢があります。ライブハウスにしか行かなかった自分も、ミニシアターや、ギャラリーのおもしろさに気がついて足を運ぶようになっていった。そんな風にメディアを通じて界隈をミックスできたらと思っていたんですけど、Webではそれがめちゃくちゃ難しかったんです」

Webは見たい内容だけを見てすぐに帰るということが当たり前の場所になっている。そこで、「特集」としてテーマを設けることで複数の記事を紐付ける、いわば「Webの雑誌化」を行ったというわけだ。

ANTENNA
リニューアルのいちばん大きなポイントだったという特集機能の追加。これまでバラバラに存在していた記事が、各テーマのもとで紐付けられた

「Webって機能的で無駄がない。一方で、この前『フリースタイルな僧侶たち』の編集長・稲田ズイキくんと『人間的な生き方がそのまま表れるのが雑誌の編集だよね』と話していたことがあって。一見すると接点がなさそうなコンテンツが編集者の興味関心を通じて一冊にまとまっていく過程には矛盾も生まれるし、無駄やはみ出るものが出てくる。僕はそういったものを許容したいし、おもしろいと思いたい」

矛盾や無駄、はみ出るもの。これらがまさに『OUT OF SIGHT!!!』のタイトルが示す構想へとつながった。

部活帰りに、買い物のついでに。無料配布がもたらす公共性

OUT OF SIGHT!!! 表紙OUT OF SIGHT!!! 目次
『OUT OF SIGHT!!! vol.01』。堤さん自身がバンド活動をしていることや、『ANTENNA』が音楽イベントの特集からはじまったことなど、いつも彼らの近くにあった「音楽」が創刊号の特集になったのは、自然な流れだったという。

目次には、長らく京都の音楽業界と密接な関係を結んできた彼らならではのコンテンツが並ぶ。コンテンツのプロ集団がつくったリッチすぎる一冊を、テイクフリーにした理由とは。

「テイクフリーにして街中に置けば誰でも手にとってパラパラ読める。日本では日常的に触れられるカルチャーとの接点の、種類が限られていると思うんです。そんな状況へのアクションとして、フリーマガジンの公共性みたいなものを生かしたかった。本当は京都のローカルスーパー『フレスコ』にも置きたかったんですが(笑)。ただ補足すると、僕たちが扱うインディペンデントなカルチャーそのものが公共性を持つ必要はなくて。まわりでおもしろがる我々のようなメディアが、マスと彼らをつなぐ役割を担うべきなんだと思います」

今回の特集で大事にしたのは、過去を礼讃しすぎないことと、身内にだけウケるものにはしないことだと話す堤さん。京都の音楽がたどった10年をただ懐古するのではなく、これからにつながる内容や、音楽に興味がある人以外でもきちんと気づきがあるものを心がけたという。

「たとえば京都のライブハウス『nano』の取材では、個別のアーティストやイベントの話題が中心にはありますが、『外から人が訪れ、つながりが自然と広がっていく場所がどのように生まれたのか?』といった、コミュニティ論的な話としても捉えることができます。なんだか地方創生といった別の領域とも重なる部分がありますよね。音楽をテーマにしていますが、読者を音楽好きだけに限定するものにはしたくなかったんです」

時に、各分野に深い知見がなければ近寄りがたいと感じてしまう、音楽や映画、アートなどのカルチャーの領域。そのハードルを越えるきっかけや気づきを与えたい、堤さんが手がけるコンテンツにはそんな思いが宿っている。

「企画を考える時のポイントとして、『ピラミッド』をイメージすることが多いです。ピラミッドのいちばん上が、取材対象そのものについてよくわかる内容であること。次に、同じ業界内で比較した時に、その取材対象がどうおもしろいのかが伝わること。そしていちばん土台にあるのが、取材対象が業界を越えて、社会的なトピックスと紐づけられていること。この三層のバランスや濃淡をどのコンテンツでも意識しています」

福祉の定義を拡張する『壌 JYOU』・旅の定義を問い直す『PORTLA』

昨年これまでの活動をベースに、文化をテーマとした企画・制作・編集の事業を行う「Eat,play,sleep inc.」を設立した堤さん。音楽や映画、アートといったカルチャー分野から観光、ビジネス、福祉など幅広い事業領域に注目が集まっている。

『壌 JYOU』は、複数の福祉法人が参画する「SOCIAL WORKERS LAB」というプロジェクトが運営するWebメディア。これまでの福祉業界から一歩踏み出したデザインと、雑誌を思わせる自由なつくりが印象的。

壌 JYO
2020年にリリースされた『壌 JYOU』。運営するのは、福祉系の法人が複数集まって広報やイベント、就職マッチング活動などを行う「SOCIAL WORKERS LAB」。

「このメディアを立ち上げる際のミッションが、福祉の定義やその関わる範囲をどう拡張するかだったんです。そこで、これまでの福祉という文脈では語られてこなかった方や団体、活動にまで視野を広げて、福祉という観点から見たときにどんな形で紐付けられるかを考えました。制作をする上で大事にしたのは、ここで取材をさせていただいた12名の方々と、SOCIAL WORKERS LABが関係をつくり、深めていくこと。サイトリリース後には、SOCIAL WORKERS LABが取材した方々を呼んで、リアルな場でのトークイベントも行っています。メディアは、こういった “共犯者” ともいえる関係性をつくるきっかけになることが大事なんだと思います」

PORTLA
昨年リリースした「文化と旅」をテーマとしたWebメディア『PORTLA』。こちらは堤さんが編集長を務めている

『PORTLA』は、文化を通じて旅をすることを目的としたWebメディア。「旅」という体験そのものを拡張し、物理的な移動に限らない日常に潜む「旅」のヒントを提示する。堤さん自身、旅に対してどのような可能性を感じているか聞いてみた。

「異物を体内に取り込むことが旅においては重要だと感じています。人間は合理的な生き物で、ストレスがないことを優先して道を選んでしまいがち。でも自分自身そればかりでは、視野が狭くなる一方だと感じていて。たとえば海外へ行って、全然知らない、普段なら絶対に食べないものを口にした時に初めて、その国や地域の人の感覚にアンテナが向いたりする。大きな話ですけど、知らないものを取り入れたその先に寛容な世界があるのだと思います。ただ、そういうことって論理的に説明されたところでピンとこないですよね。その点で、音楽や映画、アートは大きな力をもつと思うんです。未知の国や文化を、感覚のレベルで理解するための入り口になりうる。それらに触れて、わからないものを取り入れる力を養うということに、旅の本質があると思います」

共犯者とはじまる次のステップ

近年の活動を振り返るかたちとなった今回の取材。最後には、こんなお話も。

「今、『PORTLA』でクラフトビールの企画を進めているんです。クラフトビールの定義は3つあって、小さいこと、インディペンデントであること、そして伝統的であることなんだそうです。これって、そのまま僕らの活動だなと。自分たちの手でやることを何より大事にしていて、誰とどんなやりとりを重ねてつくったのかが重要。多くの人に活動を届けたくはありますが、それ以上に、きちんと顔が見える関係性の中で、お互い人間的な商いをつくっていくことを楽しみたいと思っています」

自分たちのアウトプットを通じて、今後の共犯者となる関係を結んでいく。10年後の仕事を今つくっていると話す堤さんに今後の展望を聞いてみた。

「まずは、『OUT OF SIGHT!!!』の次号を作ること。現在、3号までは構想ができていて、制作進行しています。その他、大きい話でいうと、『ANTENNA』をはじめとする自分たちの活動の射程距離を京都から広げることにもトライしていきたいです。日本のみならず、台湾などアジア圏も視野に入れたいですね。その一方で、もっと街のプレイヤーになっていきたいとも考えています。そのために自分たちの屋号を掲げられる場所をつくりたい。僕らが根を張っているところにいろんな人たちが行き交う、そんな『動かない場所』がもつエネルギーにも期待したいです」

ANTENNA:https://antenna-mag.com/
OUT OF SIGHT!!! 媒体情報:https://antenna-mag.com/post-55524/
壌 JYOU:https://jyou.media/
PORTLA:https://portla-mag.com/

 

企画編集:光川貴浩、河井冬穂、早志祐美(合同会社バンクトゥ)
写真提供(敬称略):堤大樹