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噂な旅通信

雑誌『TRANSIT』の元編集長が、京都に新拠点を構えたらしい

「ポmagazine」編集部
「ポmagazine」編集部

噂の広まり

殿堂入り

京都や旅について精通する方に、京都にまつわる噂や、好奇心をくすぐる旅の話を聞く連載「あの人からの噂通信」。

今回登場していただくのは、トラベルカルチャー雑誌である『NEUTRAL』、『TRANSIT』、そして『ATLANTIS』の3誌で編集長を勤め上げ、現在は出版社「NEUTRAL COLORS{NC}ニュー・カラー」(以下「ニュー・カラー」)を主宰する加藤直徳さんです。

取材のきっかけとなったのは、ある編集者から聞いたひとつの噂。

「『TRANSIT』の加藤さんが、京都に新拠点をつくったらしいよ」

真相を知りたくて連絡をとってみたところ、「確かに一時期は京都にいましたね。でもじつは、50日ほどで離れちゃったんですよ」とのお返事が。とはいえ、あの『TRANSIT』の元編集長。京都を巡り、絶対に面白い考察をされているはず。せっかくなので、これまでの取材や今回の滞在から見えてきた京都の姿について聞いてみました。世界中、多種多様な地域に深く切り込んできた加藤さんならではの「京都考」が詰まった旅通信をお届けします。

Q1 「ニュー・カラー」の制作拠点のひとつとして、リソグラフ印刷のスタジオを左京区の名物ビル「ハイネストビル」に構えられたと聞きました。

「hand saw press KYOTO」のことですね。小田晶房さんという編集者の方と、「京都に移るのでスタジオをシェアしよう」という話になって。

借りていた期間はトータルで50日くらい。今は東京・荻窪に自分の印刷工房を持って、「hand saw press KYOTO」は小田さんがお一人で運営されています。

というのも、東京との往復や紙の運搬など物理的な負荷がけっこう大きくなってしまって……スミマセン、京都に来た理由も、京都を離れた理由も、じつはわりと単純です。

ハイネストビルのリソスタジオ
ハイネストビルのリソスタジオ(加藤さん提供)。1階の「ホホホ座 浄土寺店」をはじめ、代々個性的な店主が集まるビルとして知られている。

Q2 京都で過ごした50日間はいかがでしたか?

期間中は印刷所まで徒歩3分のゲストハウスにほぼ泊まり込みだったので、京都の中心地からはずっと離れていました。左京区はいい意味で変な人が多いですね。今までの京都と全然違う。住むならこういうところがいいなと思います。

食事の話をすると、「青オニ(青おにぎり)」っていうおにぎり屋さんと「zushi curry」っていうカレー屋さんには何回も行きましたね。

「青オニ」は強面のお兄さんがやっていて、注文するとその場でおにぎりを握ってくれる。「zushi curry」はカレーももちろん美味しいんですが、パン屋が併設されていて、パンも美味い。ぜひ行ってみるといいですよ。

Q3 「京都の街」と関連して、「京都の人」は加藤さんの目にどのように映っているのでしょうか?

自分たちが住む土地に対して、非常に関心が高い。

これは『TRANSIT』で「くるり」のメンバーと一緒に京都案内の冊子を作ったときに強く感じました。

京都の人って「よそ者に冷たい」みたいなイメージで語られがちですが、それは街への愛情があって、人をしっかり見ているってことだと思うんですよ。店の取材についても、信頼している人からの紹介であれば快諾してくれる。普段は取材NGの店でも「岸田さんが好きなお店なので」と言うとOKしてくれたり。それを排他的ととるか、店や文化を守っているんだととるかは表裏一体ですが。

その姿勢こそが、新しいものを取り入れつつも古いものを壊しちゃいけないっていう根本の意識に繋がっているんだと思います。

Q4 京都には、メディアなどで流通しているイメージが当てはまる部分がある一方で、必ずしもそうではない側面も存在していると感じます。

「京都っぽさ」を売りにするCMとかってけっこう多いと思うんですけど、個人的にああいうのには違和感を感じますね。

「京都の面白みはもうちょっとおどろおどろしいところにあると思うんですよ。ふらっと銭湯に行く途中に、急に天皇陵や、時代がタイムスリップしたような建物が現れて、しかもそこに普通に人が暮らしてたりとか。そういう死の気配だったり、魔界みたいなものが、日常の延長にある。昼と夜で顔が違っていて、迷い込んじゃうとすごく深い世界があるっていうのを、ひとりで歩いていても感じられる場所っていうのが京都なんじゃないかなと。

「ただ、これは自分が左京区に50日間滞在したからこそ見えてきたことであって、観光エリアで飲んでいた頃には見えなかった部分ですよね。

Q5 2019年末には「京の裏口入學案内」というイベントを開催されていますよね。毎回かなり強烈なゲストの方が来ていたという噂を聞きました。

「京の裏口入學案内」は京都のカフェ「Sol」の元オーナーである森田大剛くんがナビゲーターを務める、京都の奥の奥を知る人に話を聞くというトークイベントです。ゲストには、清水寺の僧侶の方や蓮華寺のご住職、河井寛次郎記念館の学芸員の方などをお招きしました。

強烈だったのは、大麻布をはじめとする自然布研究家の方。知識と情熱が深すぎて、もはや対談にならない(笑)。みんなバーッと独りでにしゃべりはじめちゃって。そのちょっと狂った感じ、聞いてる側も必死にならないと置いてけぼりになる感じがいいんです。

正直、僕もほとんどわかんない。でも京都何百年の伝統なんて、少し勉強したくらいでわかるわけがないんです。わかんないことを「わかんねえな」って思うことが大事だと思っていて。このイベントでは、CMなんかで出てくる京都とは真逆の、それこそ「魔界」的な京都が垣間見えたのではないでしょうか。

Q6 日常と非日常が地続きであるという点は、京都の個性のひとつと言えそうですね。

とんでもなく歴史あるものが、普通にアクセス可能なところにあって、昼と夜とでまったく違う顔をもつ街というと、他にはイタリアのローマやギリシャのアテネぐらい。

国内では京都がオンリーワンだと思いますね。

Q7 取材で京都に足を運ばれたこともあると思います。『ATLANTIS』では「京都の結界」についての特集記事を組まれていました。

創刊号の特集ですね。 号全体が「境界」をテーマにしていて、京都にある「見えない境界線」みたいなものを探ろうと取材に行きました。

内容としては、昔と今で御所の場所が変わっている話や、川や寺社の配置から見える境界線などを研究したものになっています。

歩き回って気づかされたのは、京都は古いものが守られている印象が強い街でありながら、新しいものを取り入れることもうまい街なんだなということ。わかりやすいもので言えば、南禅寺の境内に琵琶湖疏水の水道橋があったりとか。そのギャップが興味深いですよね。

Q8 『TRANSIT』や『ATLANTIS』などで京都に関する企画を組まれていた加藤さんですが、もしも今、京都を特集するとしたら、どのような切り口になるのでしょうか?

個々人の視点から、目に見えないものを追いかけてみたいですね。不思議な世界がいっぱいある場所だなと思うので。ホホホ座に来るおじさんだったり、そういう普通の人たちの変な話をちょっと物語風に編集してみたい。

あとは、妖怪レベルにディープな人を取り上げるのも面白そうです。「左京区の妖怪たち」みたいなテーマ、どうですか?

Q9 一筋縄ではいかないところが、京都の魅力なのかもしれませんね。そんな京都に旅行で訪れた方に向けて、短期間の滞在であっても、街に最大限深く切り込むための知恵を教えていただけませんか?

オススメは、書店主さんに話しかけること。店主のセレクトで本を揃えているような、小さな本屋さんがいいですね。

書店主さんって、その土地を愛していて、面白い情報を持っている人が多いんです。気難しい方も多いんですけど、そういう時はきちんと本について質問して、好きな本を1冊でも買ってみてください。絶対仲良くなれますから(笑)。

Q10 最後に、加藤さんが最近気になっている京都の噂を教えてください。

老舗蕎麦屋である「本家尾張屋」さんが、御所南に構えている本店の隣に、お菓子のテイクアウト店をオープンされたらしいですよ。十六代目の稲岡亜里子さんはプロの写真家でもあり、京都特集の撮影をお願いしたこともあります。

「本家尾張屋」さんは蕎麦屋になる前、天皇に献上する饅頭などを作っていた歴史があるので、ある意味では原点回帰ということになるのかもしれません。創業は室町時代ですから壮大すぎる回帰ですが(笑)。

加藤直徳(かとう・なおのり)
編集者。2004年から2018年までの期間で、『NEUTRAL』、『TRANSIT』、『ATLANTIS』と、3つのトラベルカルチャー雑誌を創刊。写真家たちの感性が反映された写真や、従来の旅雑誌とは一線を画し、地域を深く掘り下げるコンテンツが評判を呼んだ。現在は「ひとり出版社」である「NEUTRAL COLORS{NC}ニュー・カラー」を主宰。今年春、オフセット印刷とリソグラフ印刷が融合した雑誌「NEUTRAL COLORS/ニュー・カラー」の創刊号を出版した。

企画編集:光川貴浩、河井冬穂(合同会社バンクトゥ)
写真提供:加藤直徳