2020.6.24
京大教授の「不便な旅」にかける情熱がすごいらしい
噂の広まり
京都のことをよく知る方とともに、「噂」から新たな旅のかたちを考える連載「噂な旅通信」。
第一回は、京都大学の教授であり、その発想が世間を騒がせた「素数ものさし」の生みの親である川上浩司さん。
「川上先生が不便な京都観光ツアーを企画したところ、応募者がゼロだった」という、気になる噂を聞きつけ、その内容と「不便益」な京都観光ついて教えてもらいました。
いわく「不便益」とは「不便がもたらす益」のこと。インターネットを駆使すれば、出発前に旅先の情報が簡単に手に入る時代。あえて「不便な旅」を選択したら、見えてくるのはどんな景色でしょうか。読めばちょっと、「不便」なことが好きになるはず。
Q1 さっそくですが、「不便益」とは何なのでしょうか?
Benefits of Inconvenience =不便がもたらす益。不便だからこそ良かったことです。
効率だけを求めていては得られない、嬉しいことです。
Q2 川上先生は、なぜそのような考え方に至ったのでしょうか?
不便益という言葉を作ったのは、学生時代に私にAIを教授してくれた恩師です。
恩師が工学研究科に研究室を持っていたのに、わざわざ情報学研究科に移って新たな研究室を作ったとき、私もそこのスタッフに加わりました。研究室スタートの時に恩師が発したのが「不便益」です。工学出身の私には、最初はワケのわからない考えでしたが、次第に腑に落ちてきました。
Q3 ふだん京都の街を歩く際、「不便益」を産むために工夫していることはありますか?
不便がもたらしてくれる益として昔から注目しているのは、気づきや発見の機会を与えてくれること。「移動効率をあえて低くする」という、便利の逆を心がけてます。いつも通る安心な経路よりも、たまには冒険で一筋違う道をあるいてみるとか。
京都の街は碁盤目状なので、2つの地点を結ぶ経路は沢山あってもそれらはほとんど道のりは同じです。なので、「これ」と決めたいつもの効率的移動経路だけを通るのではなく、自転車で移動するときは信号様の言う通りに。つまり目的地に向かう方向であれば、青信号なら直進、赤信号なら左折をして、通ったことのない道を見つけたりします。そこで発見があったりします。
Q4 近年ではネットやSNSで旅先の情報をできるだけ調べて効率的に旅をする、という不便益の真逆とも言える旅のあり方が一般化していますが、こうした状況をどのように感じますか?
できるだけ旅先のことを調べるというのは、昔からやられてたことだと思います。近年では、それが旅先での驚きや発見を失わせてしまうほどに、調べあげれてしまうんですね。便利と言えば便利。でも、旅先に行くとか居るというプロセスを楽しむものでなく、調べたことを確認するだけの作業になるのは、興醒めです。できちゃうからやっちゃうのは人の性でしょうけど、ぐっと堪えて、旅先での発見を楽しめるぐらいの情報量にするほうが、楽しそうです。
Q5 「不便益な旅」を実践するなら、具体的にどんなことから始めたら良いでしょうか?
すでにブームが来てるそうですが、便利なツアーバスに乗って効率的に短時間でたくさんの観光地を巡るツアーよりも、散策型を楽しむ人が増えてるそうです。つまり、「金閣寺に行った」「見た」という結果よりも、金閣寺まで歩いて行くプロセスで、京都ならではのいろいろな体験を楽しむのですね。
自分で旅の準備をするのもお勧めです。以前、一度だけ、家族旅行で北京に行ったとき、ツアーを使いました。バスに乗って色々なところに連れ回されましたが、結局ほとんど覚えていない。唯一、「万里の長城が北京のすぐ近くまで来てるんだー、へー」と思ったことは記憶してますが、それがどこだったか定かではない。逆に、自分で宿や航空券の手配をする「出張」の方が、思い出に残っていたりします。
Q6 2017年、川上先生は京都大学院生の皆さんと「左折オンリーツアー」を企画されています。どのようなツアーなのでしょうか?
演習で、「不便益な京都ツアー」をテーマにしたときに出てきたアイデアの一つが「左折オンリーツアー」です。京都で散策型のツアーが流行し始めていると聞いた頃です。散策って、歩くのはしんどいからツアーバスより不便っちゃ不便だけど、好きに歩けるのは便利すぎるよね、ということで、交差点で右に曲がってはいけない、という不便な規則を課したツアーが発案されました。
右に曲がれば目的の観光地に近づけるのに、それが許されない。ただ、京都市内は碁盤目なので、一筋通り越してから左折を3回すれば右折と同じことになります。つまり、手間はかかるが右折と同じことは可能。
これが発案された時は、演習に参加してる学生全員から「面白そう!」という声があがりました。実はこのツアー、京都ならではのところが二つあります。一つは、先の碁盤目状だから手間をかければ右折と同じことができる、ということ。もう一つは、一筋通り越してから左折を3回する時に細い路地を通ることになるのですが、そこには必ず何らかの発見がある、ということ。古い歴史のある街ならでは、です。新しく人工的につくられた街には、あるべきところにあるべきものが計画的に配置されているだけで、なにも驚きや発見は無いでしょう。
Q7 「左折オンリーツアー」は残念ながら応募者が集まらず、授業としての開催になったとうかがいました。実際に行ってみて、何か新しい旅行体験はありましたか?
左折オンリーツアーは、「京都市内をルーレットで出た目に従って双六のように巡るツアー」など、以前から不便益の確信犯的ツアーを企画しているのでは? と白羽の矢を当てた「ことぶら」さんに、参加者を募ってもらいました。ところが応募はゼロ。やはり不便は受け入れられないかなーとシュンとしたのですが、よく考えてみると別の理由がありました。なにも「ことぶら」さんに参加費1600円を支払わなくても、友達どうしで「今日は、左折だけで金閣寺に行ってみようか?」としめし合わせれば済むのですよね。アイデアは面白いけどビジネスにはならなかった案件です。
ところで、このアイデアが出たのは、まだ皆さんの携帯にGPSがついてなかった頃です。いまなら、ほとんどの人が携帯を持っててほとんどGPS機能がついてますから、その機能を利用して「その日に通った道」を記録するアプリを作り、経路を示した地図とともに「本日は本当に左折だけで金閣寺まで行きました認定」を出すなら、1600円、取れるかも……。
Q8 もし今、不便益な京都ツアーを企画されるとしたら、どのような内容にしますか?
昨年に旅をテーマにして不便益デザインワークショップをしたことがあります。不便だからこそ益のある旅を新しく考え出しましょう、というワークショップです。そこで出たアイデアが、「る●ぶ創刊号を片手に京都歩き」でした。おもしろそうでしょう。このアイデアが出たときも会場中から「おー!」と声が上がりました。正確な情報が盛り沢山のガイドブックは便利すぎる、不便にしてやれ、というアイデアです。情報が少ない、間違っているというのは普通は不便なことですが、このアイデアは逆にそこが面白い。古地図を片手に京都歩きという話は以前から聞いたことがありますが、それだと現在と全く違って跡形もなくなってたりします。る●ぶ創刊号の35年前というのが、絶妙の古さです。ガイドブックと現実との微妙な違いから、いくつもの驚きや想像が湧き上がる。しかも創刊号が京都だったなんて、これも「へー」となります。
Q9 最後に改めて、自ら不便に取り組む魅力とはなんでしょうか?
「取り組む」というわけではないのです。不便な方を「選ぶ」という感じですかね。車の変速機でオートマの方が便利(オートって、基本便利ですよね)なのにマニュアルトランスミッションを選ぶ人がいます。手間もかかるし頭も使う(意識を向ける)のに。魅力があるのでしょう。おいしいものを家で食べるだけならケータリングが便利なのに、自分で手間をかけて料理することを選ぶ人がいます。その魅力は、安くて済むから、だけでしょうか? 逆に、ケータリングや外食が安価な社会が来たら、自分で料理するという不便な(手間のかかる)行いは無くなってしまうのでしょうか? そんなはず、ないですよね。魅力があるからです。その魅力とはなんでしょうか?言葉にして説明すると薄っぺらくなりそうなので、やめておきます。自分で考えるって、不便ですけど、ワクワクですよね。
川上浩司
京都大学特定教授兼京都先端科学大学教授、不便益システム研究所代表。京都大学工学部に在学中は、人工知能について研究する。同修士課程修了後は岡山大学助手を務め、その間に京都大学博士号(工学)を取得。その後、恩師のもとで「不便益」について本格的に研究を開始する。2013年3月に京大生協から売り出した「素数ものさし」(目盛りに素数のみが印字されたものさし)は4万本以上の販売を記録。著書に『不便から生まれるデザイン』(化学同人)、『不便益のススメ』(岩波)など。
企画編集:河井冬穂(合同会社バンクトゥ)