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【後編】噂の真相は!? チームラボが京都駅の東南部にミュージアムをつくる理由。

「ポmagazine」編集部
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噂の広まり

お祭り騒ぎ

前編・後編の2本立てでお届けする「チームラボ」代表・猪子寿之さんへのインタビュー。記事の前編では、若い頃、毎週末のように京都へ通っていたという猪子さん自身の体験が、今のチームラボの作品の原点になっているという意外な真実が飛び出した。後編では、京都の人が今、口々に噂している「チームラボが京都にやってくる……」という“あの噂”について、直接、本人に聞いてみた。チームラボが京都にアートミュージアムをつくる理由とは? 噂の真相に迫った。

京都で1000年の祈りを見た。

ー 東寺といえば、空海ゆかりのお寺です。先日、チームラボさんの別の作品においても空海の“書”を演出したようなものがありました。

猪子さん:こないだの「祈り」展だね。無観客で開催したんですよ。人を呼ばずに、本当に祈るだけ。もう意味なくやろうと思って。いろんな書を模索したなかで、弘法大師(空海)の書を手本にしたんですよ。

ー どのような作品だったんですか?

猪子さん:三次元に浮かぶ文字の一つひとつに、真言宗の高野山三宝院のお坊さんが朗唱した声が入ってて、文字が近づいてくると、その文字の音も近寄ってくる。

「面白い音でしょ? ご縁があって真言宗のお坊さんに一文字ずつ訓(よ)んでもらえたんですよ」

 

「祈り」展は「空書(くうしょ)」と呼ばれる文字が、僧侶の朗唱に合わせて空間上を浮遊する。二次元である書を三次元の空間に書く「空書」は、チームラボが設立以来制作を続ける作品のひとつ。
今回の東寺の展示においても、本堂にあたる金堂に「空書」が描かれた。

ー なぜ、“祈り”をテーマにしたのですか?

猪子さん:去年の大晦日、京都にいたんだよね。京都って毎年、大晦日になると、どこのお寺でも除夜の行事をやってるじゃないですか。お経を読みながら鐘をついてる。コロナじゃなくても祈ってるわけ。ああ、この人たちは1000年以上、毎年祈り続けてるんだな〜と。そう思ったら、僕も祈ろうと思ったんだよね。

ー ある意味、今の世間の状況と断絶されてる感じもしますが……。

猪子さん:断絶じゃないですよ。むしろ何も変わらず、するべきことをしてるんだなと思う。今のこの状況を見てると、ウイルスにこの世界が破壊されているのではなくて、人によって破壊していってるんじゃないかとすら思えてくる。どうしようもない状況だから、ちょっと祈ろうと。

ー 今回の展示も宗教施設であり、祈りの場ですね。

猪子さん:日本で初めての疫病は、天然痘だと言われていて。奈良時代に流行るんだけど、そういう時に人は大仏を造った。ここ東寺も人々が永遠と祈り続けた場所。そういう場所があること自体、素晴らしいと思うし、その場所に来ること自体が、何か意味をもつんじゃないかなと思う。

知らない街を自分の足で歩いて、初めて価値観が広がる。

ー コロナウィルスに関連して伺いたいのですが、京都は一大観光地であり、その観光が停滞せざるを得ない状況が続いています。猪子さんは、観光というものをどう捉えていますか?

猪子さん:普段、自分が住んでる場所と違う場所に行くことで、人は初めて価値観を広げることができる。テレビを観たり本を読んだりすれば、知ってることは増えるけど、実は価値観は広がっていないと思う。納豆は臭いと書かれた本を100冊読んでも納豆の臭さはわからないよね。でも体験することで、あの臭さを知ることができるし、意外に美味しいとかやっぱりまずかったとか、価値観に変換される。

ー デジタル表現を支える猪子さんが言うと説得力があります。

猪子さん:自分の身体で世界を知ることで人は価値観が広がるんですよ。だから海外の景色を映像で100回見ても価値観は広がらないし、それで「価値観が広がりました」って言う人がいたら、それは勘違いだと思う。一週間でもいいから知らない国や地域に滞在して、自分の足で街を歩いて初めて価値観が広がると思う。僕も20代の時に毎週末のように京都へ来て、お寺の中で、襖絵をはじめとした絵画や庭を見ていく中で、初めて日本美術が何であるかを知った。正確には知れてるかどうかわからないけど、少なくとも自分の価値観は広がった。

ー 最近では価値観を広げることと、多様性を受け入れられる人になることが並行して語られます。

猪子さん:多様性だとかを論じている時間があるならば、ここではないどこかに行けば、行ったぶんだけ意図せず多様になると思う。だから、観光こそが自分の価値観を広げたり、多様性を享受できるようになる入口で、とりあえず、今いる場所でないところにまず行け、と思う。もちろん、今の現状として、それは難しい部分はあるかもしれないですけれども。

京都のミュージアムは、文化遺産へのエントランスのひとつになる。

京都市は2021年3月、京都駅東南部エリアに位置する市有地の活用で公募型プロポーザルを実施し、チームラボは、京都・大阪を基盤とする複数の企業と共に、契約候補事業者に選定された。アートミュージアム、アートセンター、市民ギャラリー、カフェ等、地域と世界をつなぐ複合文化施設を計画。※画像はイメージです。

ー 京都駅の東南部エリアに、チームラボのアートミュージアムができると噂になっています。

猪子さん:よく知ってるね。

ー 京都の人の間で話題になりはじめています。

猪子さん:どんな話題に?(笑)

ー 期待の方が大きいと思います。どのような構想があるのでしょうか? チームラボが京都に来ることで、何か新しいムーブメントが起こるでしょうか?

猪子さん:僕らチームラボの大きな特徴のひとつは、世界中で作品をつくり展示していることです。最近の話でいえば、4月にマイアミに「Superblue(スーパーブルー)」という大きなアートセンターがオープンしたんだけど。それは「Pace(ペース)」というニューヨークにあるメガギャラリーのCEO・マーク・グリムシャーと、ローレン・パウエル・ジョブズ率いる社会活動団体「エマーソン・コレクティブ」を創立パートナーとして、設立されたんだ。そのアートセンターで、アメリカを代表する現代美術家のジェームズ・タレルや、エス・デブリンと一緒に、巨大なセンターの半分くらいの場所をチームラボが使って作品を展示させてもらった。

猪子さん:あと、今年の7月には、サンフランシスコの「Asian Art Museum(アジアミュージアム)」が現代アートの新館を新しく建設し、そのこけら落としの展覧会としてもチームラボの作品が展示された。アジアミュージアムは、欧米社会では最もアジア美術をコレクションしてる美術館のひとつ。それはもう縄文式土器から平安時代のもの、インドや中国、東南アジアのものまで。って、ウィキペディアに書いてあった(笑)。

猪子さん:そのオープニングのガラパーティーには、Googleの社長のピチャイからYahoo!の共同創業者のジェリー・ヤン、YouTubeの創業者、Zoomの創業者、Pinterestの創業者……と、錚々たる人たちが来てくださった。世界の最先端でイノベーションを起こしてる人だったり、文化的にすごく影響力のあるクリエイターやミュージシャンだったり。ありがたいことに、そういう人たちにとっても、チームラボは非常に興味のある対象になっている。そういう意味で、京都にもしミュージアムをつくることができたら、世界中のトップにいるイノベーティブな人やクリエイティブパーソンの興味の対象になれたらいいなと思っています。

ー チームラボのミュージアムや作品をきっかけに、世界のキーパーソンが京都に目を向けてくれる契機になりそうですね。

猪子さん:さっきも言ったように、我々の作品は日本の古典絵画の空間認識がヒントになっているし、自分たちの作品が伝統的な日本美術、空間芸術の連続性の上にあるものだと思っている。自分たちの作品があることで、その根本にある日本の文化資産、いや文化遺産っていうものにアクセスするきっかけになればいいなと思う。

ー 京都の古典美術からヒントを得てチームラボの骨格が出来たという話ですから、第二の猪子さんや第二のチームラボが登場するためにも、文化遺産へアクセスしやすい環境をつくることの大切さを感じます。

猪子さん:本当に日本が誇るべき宝なんだけど、海外の人、あるいは日本でも若い人にとっては、一見すると日本美術ってちょっと難しかったり、退屈に見えたりするものだと受け止められがちだよね。だからこそチームラボのアートミュージアムが、その文化遺産へのエントランスのひとつになれたらいいなと思っている。そして、チームラボがつくる現代的なものと、京都が有する歴史的なもの。双方を街の中で実際に行き来して体験することで、まだまだ理解されきれていない伝統的な日本美術、空間芸術への興味や、より深い理解へのきっかけのひとつになればいいなと思っています。

ー 猪子さん自身が“エントランス”という表現でミュージアムを位置付けていることは意外でした。

猪子さん:それは何も京都や日本に限らず、サンフランシスコのアジアミュージアムが現代アートのパビリオンを建てることと一緒だと思う。つまり、世界一と称されるほどの古典を持っていても……現代人からすると、なかなか美術館や博物館って心の距離がある場所になりがちだよね。それを現代アートのもつ求心力によって埋めようとしている。もちろんチームラボだけじゃなく、現代アートのいくつかは古典的なものを背景にしてる。だから、それらがエントランスになって古典美術にもアクセスするようになる。アジアミュージアムが、チームラボをこけら落としとして呼んだのは、そういう意味があると思う。

ー 京都駅の東南部エリアの貸付希望期間は60年と公表されています。その期間の長さも話題のひとつです。この時間の長さをどう捉えていますか?

猪子さん:長期的な視点で物事を考えられるので良いことだと思います。

「物事は長期的な視点で計画した方がいい。みんな短期的な計画ばかりするからね」

 

ー 最後にグローバルな視点をもつ猪子さんの目に、京都という街はどう映っていますか?

猪子さん:テクノロジーの産業の中心であるシリコンバレーの人たちは、ジョブズ然り、京都が好きだよね。今の先端テクノロジーの人たちと京都という街は相性がいいと思っている。付け加えるなら、京都は日本で最もグローバルテクノロジー企業を輩出した都市です。東京からはグローバルテクノロジー企業はほぼ輩出していない。京都は古典美術の街であり、テクノロジーの街である側面がある。テクノロジーの中心地であるサンフランシスコに、世界で最もアジアの古典美術を有するアジアミュージアムがある。このふたつの事実は何か通じるところを感じる。京都とサンフランシスコ、古典美術とテクノロジー……けど、この話は長くなるから、また今度にしよう(笑)。

ー また京都に来られたらぜひ聞かせてください。ありがとうございました。

 

帰り際、猪子さんは「繰り返しになるけど」と前置きしつつ、自分自身にも念押しするかのようにこう言った。「自分が20代の時にチームラボを設立して、レンズや西洋の遠近法ではない空間認識を模索するにあたって、本当に毎週末、京都に来てた。気づかせてくれた場所なんだよね、この街は」。京都の古典美術にヒントを得て独自の表現を確立したチームラボは、その恩返しをするかのように京都にミュージアムを構想し古典美術へのエントランスをつくろうとしている。無事にオープンすることができれば、世界規模での“噂”になるのだろう。

 

 

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企画編集(敬称略):光川貴浩、河井冬穂、早志祐美(合同会社バンクトゥ)
撮影(敬称略):石本正人
写真提供:チームラボ