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京都の本棚_01

50年前の文学全集に付箋だらけのデュシャン。アートジャーナリスト・小崎哲哉さんの本棚は、知識を深める本の迷宮らしい

堀部さんプロフィール写真
堀部篤史
書店主

噂の広まり

井戸端会議

「京都の本棚」は、京都の名物書店主として知られ、梅小路ポテル京都「あわいの間」の選書も手がける「誠光社」の店主・堀部篤史さんによる連載企画です。
堀部さんが京都を拠点に活動するさまざまな方の本棚を訪問し、思考の幅を広げる本の話や、京都の街との付き合い方について対談を行います。

 

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かつてブリア・サヴァランが言ったように、どんなものを食べているかでその人柄がわかるのであれば、どんな本を読んできたかも同様に、その人を表すのだろうか。
料理よりも個別で具体性を持った言語で構築される書物。書物に関する遍歴が、バックグラウンドや嗜好を表し、そのままその人を言語化するものであると仮定すれば、その積み重ねである本棚は、その人そのものであろう。
そして、それがある限定されたエリアの人たちであれば、街そのものの姿をも透視することができるのではないか。

そんな大仰な前置きはさておき、よそのお宅の本棚ってとにかくおもしろい。だけど、立ち入る機会も稀で、しげしげと眺めることも憚られる、ある種の聖域でもある。そんな聖域にずけずけと足を踏み入れ、書店主ならではの視点で気軽に話を聞いてみる連載「京都の本棚」。

第1回目は、カルチャーウェブマガジン『REALKYOTO FORUM』編集長であり、現代アートに関する著作でも知られる小崎哲哉さんの九条山のご自宅へお邪魔してきました。

小崎さん
小崎哲哉(おざき・てつや)
ウェブマガジン『REALKYOTO FORUM』の編集長。
現代アートに関する著作でも知られ、著書に『現代アートとは何か』と『現代アートを殺さないために』がある。2003年には、和英バイリンガルの現代アート雑誌『ART iT』を創刊。展覧会のキュレーションも行い、「あいちトリエンナーレ2013」ではパフォーミングアーツ統括プロデューサーを担当。
大学でも教鞭をとり、京都芸術大学大学院芸術研究科教授、同大大学院舞台芸術センター主任研究員。同志社大学非常勤講師、愛知県立芸術大学非常勤講師を務める。

 

 

本棚全景
案内されたのは、自宅の一角に設けた書斎スペース

ー 早速お邪魔します。これって本棚っていうより、もはや本部屋ですよね。ウォークインクローゼットみたいな。これほどの物量ってここへ引っ越すまではどうやって収めていたんですか?

小崎さん:以前は東京に住んでいたのですが、生活するスペース以外に必ず一部屋ある間取りを選んで、そこに収納していたんです。これまで引っ越しは二十数回してきましたが、最終的に京都でこの物件を見つけて越した時に、古い一軒家なので床が抜けかねないってことで、基礎工事からやり直してもらいました。

本棚全景_2
小崎さん_2
造りつけの本棚は、まるで本の迷宮のよう

ー こちらの本棚はオーダーメイドですか?

小崎さん:知り合いの建築家にデザインを頼み、職人さんに造ってもらったんです。あっちに文庫本をまとめて置いているんですけど、それは安物の市販の本棚なので本の重みで棚の真ん中が凹んじゃってるんですよね。日本家屋なんで風通しはいいはずなんですけど。

ご自宅窓辺
ゲストハウスとして貸し出しも行うという、九条山の閑静な家屋

ー 市販の本棚って、四六判や文庫本なんかを前提としていて、図録や写真集、アートブック向けにはつくられていないんですよね。だから判型が特殊な本が多いと、飛び出したり、収まらなかったりして使いにくいんですよね。
それにしてもこの棚の迫力、京都・岡崎の「ブックス・へリング」とか、岡山の「万歩書店」なんかを連想してしまいます。こっちの方が全然きれいだし、比較するのも失礼なんですけど(笑)。本自体は古書というより、新刊として入手されたものが多そうですね。

小崎さん:そうですね、稀覯本(きこうぼん)を蒐めたり初版本にこだわったりという趣味はないですね。そもそも編集者だったので、必要に応じて資料として買っているものも多いんです。だから新訳が出れば、古書ではなくそっちを選びます。

小崎さん_3
書棚ヨリ
小説、図録、漫画など、ジャンルごとにぎっしりと詰められた棚

ー 拝見したところ概ね分野ごとに整頓されていますよね。その上フォローされている範囲が広い。文学も同時代のものまできっちり並んでいますし、漫画のコーナーもある。

小崎さん:こうして自分で見て思うのが、理系のものが少ない。あとは日本史をちゃんとフォローしていないなという感じがしますね。

ー これだけの蔵書が見渡せるようになっていれば、自分自身の知的関心や偏りなんかが見えてきますよね。わかる限りで一番古くからある本ってどれでしょう?

小崎さん:それがねぇ、はっきりとはわからないんですよ。でもおそらく、この『世界文学全集』かな。これは自分が買ったものではなく、子どものころから家にあったもので、それを譲り受けて今もここにある。「昭和42年初版」とあります。

世界文学全集
世界文学全集_2
河出書房『世界文学全集』

ー 当時は全集ブームで、インテリアとして書斎に並べるというある種のブームがありました。角川書店の『昭和文学全集』からはじまり、この河出書房のものは後続ながら相当売れていたんじゃないかな。引っ越しを重ねながらも、この重たい全集は処分されなかったんですね。

小崎さん:好きじゃないんですよ、本を手放すのが。これはまた手に入るだろうと思って東京でやむを得ず手放した本のことをいまだに悔やんでるくらいですからね。

ー それにしても、こういう全集的な知識が土台にあるということに、世界観の隔絶を感じてしまいます。われわれの世代にはこういった基礎教養が当たり前ではなくなりつつあった。

小崎さん:それは買いかぶりだと思います。もともとは雑誌なんかの影響で、澁澤龍彦(しぶさわ・たつひこ)や種村季弘(たねむら・すえひろ)みたいな日本の海外文学者に感化されたのがはじまりで。若いころに、いわゆる貧乏留学でフランスに滞在していて、そこで日本人のインテリの友達が出来たんです。彼が文学的な趣味をもっていて、いろいろ教えてもらうなかで感化されたんでしょうね。それで叔父にフランスまで文庫本を船便で送ってもらったんです。まだ文庫の棚に何冊か置いてあると思いますよ。

小崎さん_4

ー ここに置いてある中で、辞書や辞典以外に繰り返し手に取る本ってありますか?

小崎さん:今、マルセル・デュシャンとサミュエル・ベケットに関する本を執筆中なのですが、カルヴィン・トムキンズという人が書いたデュシャンの伝記の決定版があって、それは繰り返し読みますね。

マルセル・デュシャン
マルセル・デュシャン_2
カルヴィン・トムキンズ著『マルセル・デュシャン』。大量の付箋から読み込まれた形跡が見える

ー 小崎さんのご著書にもありましたが、現代アートの出発点としてデュシャンってやっぱり繰り返し立ち戻るところなのかもしれないですね。ところで、これらの本って普段はどこで読まれているんですか?

小崎さん:この書斎に小さな机があって、夏場はそこを仕事場にしていたんですけど、冬は本当に底冷えするので、しばらくむこうの南向きの部屋を仕事部屋にしてそこで読んでいます。執筆中の本に関する資料を移動してまとめているんです。

仕事部屋

ー 読み書きをするには理想的な環境ですね。うらやましい限りです。ちなみに、最近はどこで本を買われることが多いですか?

小崎さん:やっぱり誠光社さんですかね(笑)。ある時からAmazonで買うのがマズいなと思い出したんです。知り合いが郵便局員をやっていたんですけど、彼の話を聞いていると、いかに運送業がブラック企業かということを痛感して、届けてもらうのに罪悪感を感じるようになってきたのがひとつ。それとやっぱり物書きや街の本屋が苦しい状況っていうのも問題だから、基本的に著者、訳者が存命の新刊本っていうのは直接本屋から買うようにしています。古書なんかはネットで買うこともありますけど。

ー なんというか頭が下がりますね。取材のお礼に図書カードを持ってきたので、これで是非またウチで本を買っていただければ(笑)。今日はありがとうございました。

 

 

企画編集:光川貴浩、河井冬穂、早志祐美(合同会社バンクトゥ)
写真(敬称略):川嶋 克

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