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〈誠光社〉堀部 篤史×〈ポmagazine〉光川貴浩「街の噂と、噂から逃げ続ける京都人」

「ポmagazine」編集部
「ポmagazine」編集部

噂の広まり

独り言

〈誠光社〉店主

堀部篤史(ほりべ・あつし)

1977年、京都市生まれ。学生時代より、京都のカルチャー発信地として名高い「恵文社一乗寺店」にアルバイトで勤務。2002年から店長を務める。2015年、独立系書店「誠光社」をオープン。取次を介さない「直取引」を中心とした独自の仕入れ形態を導入し、書店経営の新たなモデルを提示する。著書に『街を変える小さな店』など。書籍『本屋という仕事』にも登場。

〈バンクトゥ〉編集者

光川貴浩(みつかわ・たかひろ)

1985年、滋賀県生まれ。学生時代より、京都ガイドブックの編集者としてキャリアをスタート。2012年、京都を拠点に編集を軸としたプロダクション「バンクトゥ」を設立。「噂」から始まる旅を提案する京都のローカルシティガイド『ポmagazine』を立ち上げる。京都の路地めぐりを趣味とし、本人いわく「Googleストリートビューより詳しくなった」。

書店員と編集者。京都を拠点に「情報」を扱うことを生業にする二人が、持ち寄った噂話を交換する。歴史のなかで貼られてきた無数のラベルをかき分け、京都の今を垣間見ることに挑戦する対談。会場は、急速な都市開発で注目される「東九条エリア」。2025年10月に路地裏から少し南に拠点を移してリニューアルオープンしたばかりの韓国焼肉店「ハルバン」にて、肉を焼き、煙に包まれながらのトークとなった。

書店はある種、噂が集まるメディア的存在

光川:『ポmagazine』で京都の噂を集めはじめて5年になるわけですが、編集部だけでネタを集めるのは限界もあり。今後は理髪店とか書店とか、自然に情報が集まってくる場所に出向いて、噂集めをしたいなと思ってるんです。

誠光社やその場所を営む堀部さん自身も、噂が集まるメディア的存在だと感じるんですが、今「京都の噂」と聞いてどんなネタが浮かびますか?

堀部:もう、おっさんなんでね。いつもの店に集まって飲むことすら減ってくる年齢ですよ(笑)

ただ、本屋にはたくさん人が来るし、噂が集まりやすいかもしれませんね。こないだまで、京都では中華が話題になっていたでしょ。あるいは最近だと、昼から飲める店が増えたとか。

光川:最近、多いですよね。

堀部:昼の2時3時からやって、21時には終わるような店が、うちの近所でもかなり増えました。書店には、なんかそういう、観光視点の噂がよく集まります。

光川:飲食まわりの噂は事欠きませんよね。今、ポmagazine編集部の噂リストにもいろんなネタがあるのですが、最近、ある人に聞いたのですが「カフェ『さらさ』独立組のメンツがすごいらしい」ってのがあります。

例えば、洋菓子の「小麦小店」「Kathy’s Kitchen」、珈琲焙煎の「タビノネ」の北辺さん、京納豆の「藤原食品」、喫茶店の「喫茶マドラグ」も……。これだけの卒業生を輩出したと聞いて「さらさ」のイメージが変わりました。

堀部:「かもがわカフェ」「CAFÉ ZANPANO」もそうですよ。その企画いいですね、協力しますよ。

時代とともに移り変わる、京都のカフェカルチャー

光川:京都のカフェでいえば、1930年ごろに喫茶文化の基礎を築いた老舗カフェの「スマート珈琲」や「進々堂」を“第1世代”として捉えると、そのあと1970年代に今は滋賀県にある「cafe Doji(ドジ)」の前身ともいえる「Doji House」ができ、2000年頃に「efish」のようなお店が続きました。efishが閉店したニュースを受けて、店主の西堀さんとDojiの宮野さんの対談を組ませていただいたのですが、ポmagazineでもエポックメイキングな記事になりました(※1)。

ポmagazine | 全京都が閉店に涙した「Doji」と「efish」オーナー対談。上質なカフェの秘訣は愛にあるらしい

堀部:efish世代でいうと、河原町今出川の人気店「ha ra」店主の原さん、元「efish」の人です。

光川:いま、第何世代なのか正直わからないのですが、2010年代からはサードウェーブ系の潮流とは別に、DIYカルチャーと合流した店も目立っています。たとえば「二条小屋」「資珈琲」のような、コーヒースタンドというサイズ感のお店が増えたような。

最近は、「水曜日はある人がカフェをひらいて、木曜日はまた別の人が居酒屋をやる」みたいな、場所をシェアする文化が生まれてますよね。こうした「間借り営業」のお店が、ここ5年で一気に増えてきているように感じます。

堀部:飲食店が自己実現の手段に近づいてきたのかな。会社勤めの傍らで営業するとか、副業時代ならではの形態ですね。

光川:フリーペーパー専門店「只本屋」店主の山田毅さんが「京都における芸大系店舗分布図」を作っていましたが、カフェに限らず、こういう京都のミームを整理した系譜図をたくさん作ってみたいですね。

噂は尽きない、京都の飲食店まわり

光川ちなみに最近、堀部さんが気になる飲食店ってありますか。

堀部:この辺り(東九条エリア)でいうと「遠藤書店」って本屋、というか、もうめちゃくちゃな居酒屋……。

光川:書店なのに居酒屋っていう。だいぶ年季が入ってますけど、あれはいつからあの姿になったんですかね。

堀部:10年ぐらい前には、だいたいあの感じに仕上がってたと思います。当時はまだ本も売ってたと思うけど、今はもう完全に居酒屋。なんかもう諦めたというか、完全に「あがった」店(笑)

光川:本と立ち飲みの「ba hütte.(バヒュッテ)」とか、金物屋と喫茶の「BOLTS HARDWARE STORE」とか、2つの顔をもつ店という切り口も同時代性を感じますね。

堀部そういえば、二条駅前の中華料理店「大鵬」の息子さんが「田舎の大鵬」を、綾部でオープンしたらしいですね。聞いたところによると、鳥の屠殺とかいろいろな体験をしながらフルコースが食べられるとか……。

あと、仁王門通の「ザコトラ商店」もよう聞きますね。。赤垣屋の息子が、赤垣屋がオープンする前の数時間だけやってる昼飲み屋で、客が肉とか魚を七輪で焼きながら食べてるらしい。

光川:「あの名店の息子が、新たな名店をはじめたらしい」という噂、いいですね。

堀部:ザコトラの2階は、お酒や珈琲と美味しい焼き菓子が楽しめるお店「Meton」で、3階には最近、渋谷の人気ビストロ「アヒルストア」で勤務されてた方が入ってきたとか。

街を勝手に解釈して使う面白さ

光川:このあたりも最近はどんどん変化していますよね。

堀部:京都駅以南の再開発には僕も関心があります。2023年に京都市立芸術大学が移転してきて、今年の10月にはチームラボのミュージアム※ができて……。東九条エリアの開発が、一気に進んだでしょう。

※2025年10月に京都駅の南、徒歩約10分の位置にアートミュージアム「チームラボ バイオヴォルテックス京都」がオープン。

これまで「洛外」とされていたところが、今度は「京都の玄関口」として開かれていく。この変化に、僕たちはどう付き合っていくべきなのか、と。住んでる人たちの主体性がおざなりにされてしまったら問題ですし。

光川:京都では最後に残された一等地のような語られ方がなされましたよね。いろんな噂が噴出していますが。

堀部:本来、大学がある街というのは、周囲に学生たちが暮らして、彼らが昔ながらの安い店に通う風景が自然だと思うんです。だから、このあたりに学生街ができればいいけど、とてもそんなことを許容するような地価ではなくなってきている。

光川:自分が学生時代を過ごしたお店でいうと、吉田神社前で屋台を出していた「せせり※」が、東九条エリアに移転しました。こうしたお店がポツっとできることで、自分の行動範囲が変わることがあります。

※もともと吉田神社前で40年間屋台営業していた屋台の焼き鳥屋。2018年「吉田山せせり」として東九条エリアに店を構えた。

あと、屋台繋がりでいうと、五条の因幡堂平等寺の門前にあった屋台「いなば※」も、数年前に閉業してしまって……。市内中心部では最後の屋台だったとも聞きます。その土地に住んでいる人たちによる、公共空間のちょっとした息抜きの場がどんどんなくなってきている気がしませんか。

※2023年からは、屋台跡地からすぐの場所で店舗を構えて営業中。

堀部:屋台は市民が主体的に道を使っているから、面白い。行政主導でまちづくりが進むと、そういう住民の主体性がちょっとずつなくなっていく可能性がありますよね。屋台が置けるような空き地や隙間がたくさんあれば、例えばそこで野球もできるし、提灯を吊るせば町内のブロックパーティーもできる。都市論で有名なのジェイン・ジェイコブズも、活発な都市は、多用途性がある都市だと言っていました。道に座って喋っている人がいる状況が、犯罪の抑止になったり、そのコミュニティを活性化させたりすると。

光川:この前、神戸の長田区で路地歩きをしたら、道路にソファが置いてあったりして、公と私が交わっている感じがよいなと。「いろんなものを失ったとしても、ここに来たら生活できるんじゃないか」っていう安心感を感じたんです。京都の路地って、どこかツルっとさっぱりしているところもあって、その「中間」があるようでないというか。軒先的な存在が少ないと、都市を自分ごと化する難しさを感じますよね。

堀部:だから、僕のコミュニティでもっぱら噂になるのは、街を勝手に解釈して使っている話ばっかりですよ。

そういえば、出町の三角州に、新しく屋台を出してる子がいるってどこかで見たな……。たしかInstagramで「ちゃんと許可取ってますよ」って発信してて。まあこれも噂レベルなんだけども。

光川:それが事実なら京都の屋台シーンの、新しい動きですね。

京都は◯◯未満を追い続ける

堀部:うちの町内では、地蔵盆のあとに「勝手祭り」をやってます。駐車場にテントを張って椅子を並べて、近所の知り合いだけを集めて飲む祭り。みんなでただ話すこの時間を、近所のおじいさんおばあさんが、すごく喜んでくれて。

告知は一切していないのに、噂を聞いた人が「あそこの祭りが面白いらしい」って来たりもするんですけどね。まあ、祭り未満なんですけど。

光川:「祭り未満」っていう言葉がいいですね。

堀部:規模が大きくなってくると、行政への申請とか交通整理とか、そういう話になってくる。「吉田東通り夜市」とか「左京ワンダーランド」とか、イベントが大きくなりはじめると、主催者は逆に離れていくケースが多い気がする。それが、なんか「京都っぽいな」って思うんですよね。

光川:「未満」的だったところに外の人が入ってきて、どんどん熱量が集まってしまうと、「未満」の面白さが無くなってしまう感じ、わかりますね。京都ってそういうことを、ずっと繰り返してますね。

堀部:京都は周囲の目に晒されているからこそ、「表象化」されることにすごく敏感なんですよ。外国から見た日本が「フジヤマ」とか「テンプラ」とか表象的であるように、東京から見た京都は「いけず」とか「老舗」とか……。

だから、さっきの祭りみたいに、他人から「規定」された途端にスッと抜けたくなるところがある。それって都市開発と市民との戦いに似ているとも思うんです。「ここは道です」「ここは玄関口です」って表象化されるのが嫌で、主体的に街を使いたい。だから、屋台みたいにはみ出してるものがあったら「やったぞ!」と喝采を上げたくなる。

光川:すごく、よくわかります。京都っていろんなカテゴリでラベリングされる街ですよね。一度ラベルを掲げると、その部分が強く輝きすぎてしまうというか。「もうちょっと別の見方ができるよね」と新しいラベルを貼り直し続けないと、商品として消費されるだけで終わってしまうのかなと。

メディアを作ってる僕ら編集者も、その責任は多分に帯びてるんで、そこは京都に限らず、まちのことを発信するうえで、面白さでもあり難しさだなと思います。

堀部:そう、メディアの良心が問われる。でも、ポmagazineの「噂」という設定は、発信の主体は内部にあって、外から見た京都ではないでしょ。

例えば都市開発って、外から見て「あのエリア、ディープだったのに」みたいな言い方になりがちですけど、その見方を超えて、内部の文化と対等に付き合わないと、住民の視点との乖離が起きる気がするんです。

誠光社、独立10年を振り返って

光川:最後に、堀部さん自身の話を聞かせてください。誠光社を立ち上げて、10年になりますよね。

堀部:はい、2025年の11月25日で丸10年。

光川:当時「本屋の新しいあり方の実験」と宣言されていたのが、すごく面白いと思っていました。改めて、その実験を振り返っていかがですか。

堀部:その実験は、まぁ要するに「本屋の利益構造を変える」ということだったんです。

というのも、みんなスマホを持っていて、サーチエンジンがあって、Amazonもあって、時刻表も地図も映画のスケジュール表も、本として買う必要はない。そんな社会で、実用品としての本の役割は、かなりの割合で終わったと思っていて。

そうした状況はもう変わらない。そのうえで書店を成立させるためには、出版流通の世界で長く問題とされてきた掛率の低さを改善するしかない。そのために、取次を介さずに直取引で、すべて「買取」に切り替えたのが10年前の実験だったんです。

光川:結果、そうした形態のお店が、驚くほど増えましたよね。

堀部:次の段階として、最近は「独立書店ネットワーク」という、いわゆる組合みたいなものを作りました。

本の買取契約が一店舗では難しい時も、団体契約の形なら交渉できるんじゃないかと思って。あとは、ネットワーク内でリクエストを集めて絶版本を復刊できたら、大型店舗には置いていない、付加価値のある本が売れる。

それと、自分たちで「出版」した本をネットワーク内で販売することも考えています。例えば「100冊買ってくれるなら、原価で売る」とか、買い手のメリットも担保しつつ、自分たちもしっかり利益を回収する。そういう仕組みづくりにチャレンジしています。

光川:なるほど。

堀部:社会を変えることができない以上、価値とか利益のあり方を改善していくしかないんですよ。

光川:また僕らのような作り手界隈では「堀部さんのところは買切りしてくれるよ」というある種の噂があります。小さな独立系の出版社あるいはZINEの作り手にとって、非常に助かる存在ですし、誠光社の実験は書店以外への影響力も大きかったでしょうね。

「名物書店員の堀部さんが独立する」という噂は、京都に限らず話題になりましたが、こういう影響をまちにもたらすとは想像できなかったです。

堀部:個人経営のお店って「店主こだわりの」とか、ステレオタイプなメッセージに表象化されがちなんですよ。でも、カルチャーをやる以前に生業として成立してないと意味がない。自己承認欲求とか、自己表現のためではないんですよね。

一方で、お客さんにとって本屋は、消費を強要されるだけの場所ではない。例えば僕と喋りに来たり、イベントが催されていたり、チラシが置いてあったり……。本棚を眺めれば昨今の出版状況がわかるから、ニュースメディアのような役割も果たすし。

堀部:さっきの街の話と一緒で「多用途」なのが居酒屋とか喫茶店とか本屋なのであって、使い道は客が主体的に決めることなんですよね。だから僕らは、京都の街に文化的なものを残すんだ、という気持ちでやってる意識はないんです。

客が自由に使える本屋さんは文化的なことだし、生業の結果として、そうなればいいなとは思いますが。まぁ、都市の抑圧に、無意識で反発している部分があるんです。

光川:京都はその多目的な用途の許された場所が魅力的だと思います。鴨川とか、その最たるものですよね。半裸で体操してるおじさんがいたり。

堀部:そうそう。あそこは誰のものでもないからいいわけで。例えば、植物園の野っ原なんてアイスが買えるくらいで、何にもないじゃないですか。でもそういう何でもないところでこそ、市民が主体性を持てる豊かさがあると思うんです。

京都の「噂本」、発売の噂

光川:そもそも、堀部さんとのご縁のきっかけは、梅小路ポテル京都でしたよね。

堀部:僕がポテルの書架のセレクトを担当していて、その繋がりで、ポmagazineで連載記事「京都の本棚」を書かせてもらいました。

5周年を迎える梅小路ポテル京都。堀部さんはブックソムリエとして宿泊者専用スペースの「あわいの間」の選書を手がけてきた

光川:「京都の噂」を集めた『ポmagazine』から派生して、『京都ビザール』という本が出版されるという噂が……。

『京都ビザール』の書影イメージ。「ビザール(Bizarre)」とは「奇怪な」「とっぴな」「不可解な」といった意味をもつ

堀部:噂もなにも、光川さんたちが編集されている本ですよね(笑)。数年前から、共同発行者として声をかけてもらってましたが「ついに」発行されると。

光川:いや、本当にお待たせしてしまって申し訳ない……。2026年春先の出版に向けて、制作も大詰めになってきました。中には、ポmagazineの取材を通じて出会ったビザールもあります。

堀部:楽しみにしています。今後もネタ集めの時とか、気軽に声をかけてくださいね。京都の噂やビザール、集めておきますよ。

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企画編集(順不同、敬称略):光川貴浩、河井冬穂、早志祐美(合同会社バンクトゥ)

執筆:高嶋まり子

撮影:佐々木明日華