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噂な旅通信

20年、京都で豆の量り売りを続ける「楽天堂」に、地球と暮らしへの哲学が詰まっているらしい

「ポmagazine」編集部
「ポmagazine」編集部

噂の広まり

井戸端会議

レジ袋の有料化がはじまって早2年余り。今注目されているのが、必要なものを必要な量だけ、包装なしで買い求めることができる「量り売り」です。京都でも2021年に誕生した「斗々屋」が、日本初となる全品量り売りのスーパーマーケットとして大きな話題に。

SDGsと言えばここ数年の話題という印象ですが、その到達点ともいえるお店が、20年前から京都に存在するらしい……という噂が編集部に届きました。それが、今回登場する「楽天堂」。

千本丸太町の北西、下立売通に面した小さな町家を訪ねてみると、店先や土間いっぱいに豆やスパイス、乾物、雑貨類がずらり。その佇まいといい、棚の隙間から顔をのぞかせる店主の高島さんの姿といい、昔ながらの駄菓子屋さんのような風情が漂っています。


初対面でもついいろいろとお喋りしたくなってしまうような空気感

店主である高島千晶さんは兵庫県伊丹市生まれ。東京・霞ヶ関の官僚から自営業に転じたという異色の経歴の持ち主です。20年前「縁もゆかりもなかった」京都でなぜ豆の量り売りにこだわった食料雑貨店をはじめたのか、その後、どんな思いで営み続けてきたのか。気になることを根掘り葉掘り伺ってきました。

Q1 豆の量り売りをしていると聞いた時、「どうして豆!?」と正直思いました。元々豆が大好物だったとか、何か理由があるのでしょうか。

豆に興味を持ちはじめたのは2001年、アメリカ同時多発テロが起きたあとです。そのころ私は山口県で父から引き継いだ某アパレルブランドの店舗と、その一角に併設したオーガニック系の食料雑貨店を経営していたのですが、屋台骨のアパレル業のほうが経営不振に陥ってしまい、廃業の一歩手前に。

そんな時にあのテロが起きて、アメリカの友人と連絡を取り合うことが増えて。ファックスで料理のレシピを交換するようになったんです。その人はベジタリアンだったので豆料理のレシピをたくさん送ってくれて、豆だけでこんなにいろんな料理が作れるんだと感心したのと同時に、あることに気づきました。

豆は栄養豊富で保存も利くし、値段も手頃。この先一家で路頭に迷うようなことになっても豆さえあれば生き延びられるはずだって。それがきっかけで、豆と豆料理は私の暮らしになくてはならないものになりました。

Q2 事業のピンチと社会情勢の不安がちょうど重なった時、豆に助けられたんですね。それを次の事業につなげようと考えたのはなぜですか。

販売の仕事は性に合っていましたし、山口県の店を畳んだあともまた何かお店をしたいなとは思っていました。ただ、以前のアパレル業のような大量生産・大量消費に加担する商売はしたくありませんでした。毎シーズン新しい洋服を大量に仕入れて、売れるだけ売って、在庫を抱えて……その先に希望なんてありませんよね。未来に希望を持てる仕事をすることが、親としての最大の務めではないかという思いもあって、今度は消費を抑制するような仕事をしようと決めました。


「未来に希望を持って仕事をしたい」という思いが、店名である「楽天堂」の由来にもなっているそう

Q3 消費の抑制を事業の目的にするというのは、ちょっと聞いただけだと不思議に感じます。それって両立するものなのかなと。

商売で消費を抑制するなんてできるのかなと思いましたが、豆にはその可能性があるんです。豆を食べる人が増えれば、そのぶん肉の消費量が減り、結果的に家畜の餌となる穀物消費が抑制されます。それによって、飢餓に苦しむ発展途上国の人々に穀物が行き届きやすくなりますよね。そうした食糧問題に目を向けるきっかけづくりも兼ねて豆の販売をはじめようと決めました。

Q4 世界の食糧問題まで視野に入れて、楽天堂を立ち上げたんですね。京都との接点はあったんですか。

接点、ゼロです(笑)。夫が整体の勉強をするのに都合が良かったのと、たまたまこの物件が見つかったので、夫と娘と息子、一家4人でやって来ました。まわりからは「自然派のお店が多い左京区ならともかく、ここ(上京区)では厳しいのでは」と言われましたが、どこであろうと店舗販売がすぐに軌道に乗るとは考えていませんでした。単にいろんな豆を置いていますと言われても、料理の仕方がわからなくちゃ選びようもないので。

そこでまず「豆料理クラブ(※)」という会員組織を立ち上げて、月に一度、世界各地の豆料理レシピと材料を会員のみなさんにお送りする通販事業に力を入れ、店舗はサブ的な位置づけでスタートしました。今お店に並べている豆料理のキットは、豆料理クラブで特に人気のあったものなんですよ。

※豆料理クラブは2022年7月で終了し、「楽天堂フレンズ」に統合されました。詳しくはこちらでご確認ください。

Q5 キットがあると豆料理のハードルがぐっと下がりますね!レシピづくりはどのように?

豆料理って「ハレ」と「ケ」でいえばケの料理なので、国境を越えて広がりにくいんですよ。たとえば、寿司や天ぷらは世界中で知られているけれど、大豆の煮物やおからはほとんど知られていない。同じように海外の豆料理も日本で知られておらず、情報も少なかったのですが、図書館で調べたり、海外の友人に教わったりしながら、豆料理クラブの開始当初120くらいのレシピを用意しました。各国の豆料理を紹介するベーシックコースのみでスタートしたのですが、その後、「スパイスをもっと活かしたい」「おすすめの調味料はないですか」という会員さんの声に応えて、いろんなコースをつくりました。それに応じて楽天堂の品揃えも充実していったという感じです。

Q6 豆料理の良さってずばり何でしょう?

豆をストックしておけばいつでも作れるし、家でコトコト煮る時間も楽しいし、いろんな料理法があっておもしろい。そして何より、おいしくてヘルシーです。豆は種類を問わず食物繊維が豊富なので、腸内環境の改善に役立ち、さまざまな病気の予防効果があるといわれています。

あと、豆料理は料理が苦手な人の強い味方でもあるんですよ。柔らかく茹ですぎた時はそのままスープにすればいいし、固めだったらサラダや和え物にすればいい。肉や魚に比べると食中毒のリスクも少なく、料理初心者でも扱いやすい食材なんです。

Q7 豆やスパイスのほか、乾物や菓子類なども幅広く扱っていますが、セレクトの基準は設けていますか。

豆に関しては、肥料や農薬に頼らない自然栽培を最優先に、できるだけ環境に負荷をかけない農法でつくられたものを選んでいます。スパイスもすべてオーガニック(有機栽培)で、お米も「百菜劇場」さんという、滋賀県内で有機農業を営んでいる農家から仕入れています。調味料などの加工品についても、原料の安全性や製法へのこだわりが感じられるものを選ぶよう心がけています。お客さんや生産者の方から教えてもらうことも多くて、人とのつながりに支えられているお店だなぁとつくづく感じますね。大切なご縁を活かしながらまわりのお役に立てたらと、2011年に「小さな仕事塾」というグループをつくりました。

Q8 「小さな仕事塾」とはどのような組織で、どんな活動をしているんですか。

古の近江商人の家訓に「売り手善し、買い手善し、世間善し」の“三方善し”がありますよね。世のなかには、大きな資本でダイナミックに事業を動かして“三方善し”を目指している企業がある一方で、うちのように小さな規模で、自分の身の丈に合った“三方善し”を目指している自営業者もいます。後者にはさまざまな知見やノウハウを持っている方も多く、何人かが集まれば誰かの困り事を解決することができます。たとえば、ある農家さんが豆の不作で困っていたら、豆以外の作物で収益を確保できるように新たな卸先を紹介したり、自然食品のお店を出したい人がいたらおすすめの仕入れ先を教えてあげたり……。「小さな仕事塾」では、そうしたお手伝いや情報交換をしながら、志を持った自営業者を応援しています。

Q9 「未来に希望がもてる仕事」の広がりを感じる活動内容ですね。ほかに新たな取り組みがあれば教えてください。

実は2019年に隣の町家を買い取って「楽天堂ANNEX」というゲストハウスを開業しました。その少し前、隣を解体して新しく3階建ての住宅を建てる話が持ち上がっていると聞いて、残す手立てを模索した結果そのような展開に。自然素材を用いて所々修繕を施し、化学物質過敏症の人も安心して泊まれる宿にしています。

そのゲストハウスの一角を4時間500円で貸し出し、気軽に個人商店が開ける「楽天堂チャレンジショップ」という取り組みもはじめています。手作りの品でも古本でも、好きなものを窓辺に並べて売ってもらうんですが、けっこう評判がいいんですよ。事情があって働きに出られない人や、いつか店を持ちたいと頑張っている人たちのチャレンジの場になっています。


街の人で賑わう「チャレンジショップ」。窓辺で陳列&販売するスタイル

Q10 すっかり地域に溶け込んでいる様子が伝わってきます。暮らしてみてわかった京都の良さってありますか。

車に頼らなくても仕事や暮らしが成り立つところです。ほかの地方都市では売るほうも買うほうも“車ありき”ですが、京都はそうじゃありませんよね。うちみたいな小さな商店が身近にあって、徒歩か自転車で行き来するのが当たり前になっているので、ご近所さん相手の小さな商売が成り立つうえ、無駄な消費を抑制したいという自分の考え方に合った暮らしを営むことができました。お金も人脈もないところから店を立ち上げ、20年も続けて来られたのは、そんな京都の地域性のおかげでもあります。

Q11 最後に、楽天堂のこれからについて教えてください。

豆料理クラブなどで培った遠方のお客さんとのつながりを大切にしつつ、実店舗の役割をもう少し広げていきたいなと考えています。というのも、ここ数年で世のなかが大きく変わり、不安を抱えている人がものすごく増えていると思うんですよね。そんななかで5分でも10分でも気楽に話せる場所があったら、気持ちを軽くしてあげられるんじゃないかと。なので、特に買うものがなくてもちょっと話をしに行く、でもいいんです。そこでもし、食に関すること、起業の関することなど具体的なご相談があればちゃんとしたアドバイスができるように勉強を重ねていきたいですね。

<プロフィール>

高島千晶(たかしま・ちあき)

1963年、兵庫県伊丹市生まれ。大学卒業後、国家公務員の職を経て、山口県山口市でアパレル店と食料雑貨店を経営。その後、家族とともに京都へ移住し、2003年、豆とスパイスの専門店「楽天堂」を開店。豆と豆料理を通して人と地球にやさしいライフスタイルを提案するほか、小規模自営業者の支援活動やゲストハウスの運営なども行う。

楽天堂HP

 

企画編集:光川貴浩、河井冬穂、早志祐美(合同会社バンクトゥ)
テキスト(敬称略):岡田香絵

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