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瓶詰め調味料を作る「保存食lab」のプロジェクトが「密かに尖っている」らしい

瓶詰め調味料を作る「保存食lab」のプロジェクトが「密かに尖っている」らしい

「ポmagazine」編集部
「ポmagazine」編集部

噂の広まり

井戸端会議

出町柳駅から歩いて5分。駅近とはいえ、住宅街に紛れるようにある「保存食lab」のアトリエ兼直売所を“たまたま”見つけるのはなかなか難しい。

保存食lab入り口

「たどり着くまでに迷う人めっちゃ多いですよ。でも『見つけた感』があっていいかなと思って」

そう言って笑うのは、保存食labを主宰する増本奈穂さん。このアトリエを拠点に、実家の自家菜園で穫れた食材を使った瓶詰めの保存食を製造し販売する。

保存食lab店内

「手作り保存食のお店」として紹介されることも多い保存食labだが、正確には「店」ではなく「プロジェクト」。主宰である奈穂さんの製造活動を、アーティストとして知られる夫の泰斗さんがディレクション面から支えている。

増本奈穂さんと増本泰斗さん
写真左・泰斗さん 写真右・奈穂さん

この記事の内容

1. フード業界の「様式美」に感じた違和感

2. 子どもが生まれ、日々の食卓が「実験の場」に

3. 売れ筋に絞らないからこその自由を楽しみたい

4. 「なんだこれ」の姿勢がふたりの共通点

フード業界の「様式美」に感じた違和感

実家に畑がある環境で育ったこともあり、もともと「食」への興味が強かった奈穂さん。京都の芸術大学を卒業後、まず始めたのはケータリング事業だった。実は奈穂さんは京都におけるケータリングの第一人者ともいえる存在。今でこそポピュラーなものになりつつあるが、当時、味と美しさが両立した同様のサービスは珍しく、特に関西ではほとんど見られなかったという。

過去のケータリング

「食」によってイメージやコンセプトを表現する奈穂さんのケータリングは、情報感度の高いアートや音楽界隈を中心に人気を集めた。しかし、知名度が高まれば後に続く人が増えるもの。とくにフード業界においてはその傾向が顕著だという。

「誰かが優れたレシピを作ったら、後に続く人も同じ技法を用いてレシピを再現する。ファッションの世界などにも通じることかもしれませんが、真似されること自体が権威の証明になる世界でもあり……。でも私は真似されちゃうと興ざめ、みたいな感じで」(奈穂さん)

「料理ひとつを作るのにめっちゃ研究しているんですよ。でもそこに蓄積された時間をすっ飛ばして、真似されてしまう。外からは見分けがつかないし、これアートと比べるとちょっと不公平だなぁと感じていて。蓄積された時間を感じられるような方向を模索していましたね」(泰斗さん)

ケータリング事業は現在も継続中。しかし、それとは別に「実験の場」がほしいとふたりは考えるようになる。

子どもが生まれ、日々の食卓が「実験の場」に

同じ頃、お子さんが生まれたことも転機になった。体力的、時間的にケータリング事業に注力するのが難しくなっただけではなく、家庭の食卓に起きた変化が大きな影響を与えたという。

「辛いものやアジアっぽい味のものが、食卓に出せなくなってきて」(奈穂さん)

そこから、増本家の「実験」が始まった。

「たとえば大人のお皿にだけ辛味を足すとかすれば、大人も子どもも同じ料理を美味しく食べられる。全部の味を変えちゃうっていうより、それぞれの家の味を守りながら、そこに寄り添える系の調味料がいいなと思うようになったんです」

「ひとさじ加えることで楽しくなる」。そんなテーマで生まれた調味料だからこそ、どの家庭の味にも不思議と「ハマる」のかもしれない。

「今も商品開発っていう発想でやってるわけじゃなくって、普段の食卓で出てきたものに『もうちょっと酸味があったらうまそうじゃない?』とか、そういう感じで出来上がってますね」(泰斗さん)

保存食labの調味料
「組み合わせの妙」を感じる保存食labの調味料。奈穂さんは「珍しい味を作ろうとは意識していませんが、既存の味よりは、ひとクセあるような、でもちゃんとおいしいものを作りたいと思っています」と話す。

プロジェクトの開始を決意したのは、約7〜8年前、一乗寺の雑貨店「アルパカ」でのフリーマーケットに出店した時のこと。「アルパカ」は現在は下鴨に移転し「まゆらう」として営業している。

「当時、作った瓶詰めを友達にあげたら『これめっちゃいいよ、うちのお店でフリーマーケットするから作ってこれるだけ持っておいでよ』って言ってもらえて」(奈穂さん)

結果、出品した瓶詰めは大好評。同じように子どもがいる家族からもうれしい反響が集まった。

「私たちの味を受け入れてくれたような感覚がありましたね」(奈穂さん)

「この家の中だけで積み重ねてきた“味の知見”みたいなものが共有された瞬間で。それがものすごくうれしかったのを覚えています」(泰斗さん)

積み重ねてきた「実験」の成果が実ったような感覚。ロゴも正式にデザインし、「保存食lab」としての活動を本格的にスタートした。

保存食labラベル
軽やかな曲線が印象的なロゴは三重野龍さんが手がけた。

研究や実験と表現されているものの、そこに肩肘張った雰囲気はない。

「毎日、味で遊んでるみたいな感じですよ。思いついて試作したものが『これどう?』って昼ご飯に出てきたり」(泰斗さん)

「最終的に商品のかたちにまとめるのは私ですが、最初のアイデアだったり、もっと広く、プロジェクト全体の方針だったりについては(泰斗さんも)いろいろ適当に言い散らかしています。『人間も出汁が出てる人が面白いけど、料理も雰囲気で出汁がでているのがいいよ』とか(笑)」(奈穂さん)

売れ筋に絞らないからこその自由を楽しみたい

保存食labでは基本的にインターネットを通じた販売を行っていない。単純な作業量でいえば、売れ筋だけに絞った製造・販売をすれば出来ないこともないが、それではプロジェクトとして本末転倒になってしまうという。

「売上は上がったとしても、その分、自由がなくなってしまったら嫌だなと思っていて。季節ごとにいろいろな野菜が来たり、知らない土地に行って知らない食材を発見したり、それをどうやって使おうかなって考えたり、そういうプロセスの部分が好きなんです」(奈穂さん)

そんな話を聞いていると、保存食labが「店」ではなく、「プロジェクト」である理由が見えてくる。

「今はあんまりできてないけど、研究集会のような感じで、みんなで一緒に調味料作ってみたりとか、ここはそういう場所にもしていきたいですね」(奈穂さん)

福窯との共同ワークショップ
陶芸教室「福窯」とコラボして陶芸ワークショップを開催している

たくさん売ることにこだわらない、とはいえ保存食labが注目を集めていることは事実。コラボ商品の開発や商品の取り扱いの話は府内外から絶えることがない。保存食labの商品が置かれているのは、京都岡崎の「蔦屋書店」や、烏丸御池の「新風館」内「本と野菜OyOy」など。昨年のリニューアルオープンで注目を集めた京都市京セラ美術館のミュージアムショップ「ART LAB KYOTO」のオリジナル商品も手がけている。

ART RECTANGLE KYOTO
「ART RECTANGLE KYOTO」オリジナル商品。北山杉を使ったコーディアル(シロップ)のキット

置く場所やコラボする相手はどのような基準で選んでいるのか聞くと「アイデアを一緒に出してくれたり、後に繋がる切り口をくれたりするところであればうれしいなと思っています」と奈穂さん。とはいえ、広がる活動の場に気持ちが追いついていない部分もあると話す。

「最初は知り合いとか友達だけだったのが、もうまったく知らない方にもお店に来ていただくわけじゃないですか。反響があることはありがたい反面、怖さでもあると思ってます。実験のようなスタンスで続けたいけど、飲食物を扱うわけですから何かあったらと思う気持ちもありますし……。保険にもめちゃめちゃ入ってますよ(笑)」(奈穂さん) 「僕が『ちゃんと保険入った方がいいよ』って言って(笑)。ただ、がっちり守るけど、同時に必要以上に前に出るゴールキーパーのような、つまり、最低限の利益を確保しつつも、時折り向こう見ずなプロジェクトでありたいよね」(泰斗さん)

「なんだこれ」の姿勢がふたりの共通点

保存食labはこれからどこに向かうのか。気になるけれど、あらかじめ設定されたゴールが存在しないことにこそ、保存食labの「らしさ」が表れている。

「最初からどこに行くかを決めておくんじゃなくて、いま目の前にあることに真摯に向き合い続けること。業界に対して『それは違うんじゃないの?』とか、現状に応答するかたちでどうしたいかを考えて、ふたりでやりとりした果てに神が降りてきたら進行方向が見えてくる感じです」(泰斗さん)

性格も、普段ウォッチしているものも全然違うというふたり。

「たとえば、私はやっぱりフード関係の本を読むことが多くて、思考の仕方がそれに沿ったものになりやすい。一方で彼(泰斗さん)はアート側からものを申したりするから目から鱗だったりとか」(奈穂さん)

唯一共通しているのは、既存のものに対する「素直じゃない」態度だという。売れ筋に絞った製造・販売も、オンラインショップでの販売も行わない。店の立地やWebサイトの作りもあえて不便な状態を保っている。

「お店の立地から影響されたと言えるかもだけど、いろんな意味でのアクセスのしにくさというか、怪しい存在というか、そんな感じを模索したいよね」(泰斗さん)

その根底にあるのは、既存の枠組みの中で消費されないあり方で立っていたいという思いだ。

「まずちょっと疑ってかかるというか(笑)。大体のものに対して『なんだこれ?』『何でそうなるんだろう』っていう姿勢でいる」(奈穂さん)

「『当たり前』がなにかっていうのは都度変わっていくんですが、いつもその真逆に行きたい気持ちがあるんですよね。それは、確立した枠を壊したり揺さぶったりすることではなく、全く違う枠を作るようなことです。例えば映画は、今は2時間ぐらいが当たり前だけど、昔はそうではなかった。つまり産業として成り立ち、ある程度時間が経つと、ある合理性によって枠が整えられていく。そうなると別のカタチの映画に意味が出てきたりするじゃないですか」(泰斗さん)

常に「枠の外」を目指すふたりにとって、京都の街はどのような存在なのか。取材終わりに聞いてみた。

「私も彼も永遠にここでやるつもりはなくて。『長く続くことがよし』みたいな雰囲気があるのは感じるけど、さっぱりやめるのもかっこいいなと思ったり」(奈穂さん)

「ただ、『次はここ!』と決めておくのではなく、現実と相談しながらも、気持ちが高ぶったら場所を変えるぐらいのスタンスでいます」(泰斗さん)

この土地自体にこだわりはないものの、好きな場所はたくさんあるという。

「でも、京都に住んでいる人は、本当にいいと思うところは内緒にしないですか(笑)。意地悪とも受けとれるけど、個人的に京都のその感じはけっこう好きですね」(泰斗さん)

一筋縄ではいかない街で、日々“実験”を続ける保存食lab。気取らず、温かな雰囲気でありながら、決して守りには入らないふたりが打つ「次の一手」を、これからもわくわくしながら見つめていたいと感じる取材だった。

<プロフィール>

増本奈穂(ますもと・なほ)
京都府京丹後市出身。「保存食lab」主宰。京都の芸術大学を卒業後にケータリング事業を開始。2012年〜2013年あたりに保存食labのプロジェクトを立ち上げ、出町柳のアトリエを拠点に活動。京丹後の自家菜園で育てた素材を用い、瓶詰めの保存食を製造・販売する。

「保存食lab」instagram: @hozonshokulab
「保存食lab」HP: http://hozonshokulab.xyz/

増本泰斗(ますもと・やすと)
広島生まれ。岡山出身。アーティストとして、国内外での展覧会やZINEの出版、パフォーマンス、ワークショップなど多岐にわたる芸術活動を行うほか、美術館や劇場、芸術文化施設などのWeb媒体でも多数のプロジェクトの企画・設計に携わっている。保存食labではアーティスティック・マネージャーとしてプロジェクトの屋台骨を支えている。

HP: https://www.yasutomasumoto.com/

 

 

企画編集:光川貴浩、河井冬穂(合同会社バンクトゥ)
写真提供(敬称略):保存食lab