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関西中の工芸好きがソワソワ。ギャラリーYDSが屋号を変えて浄土寺で再出発したらしい

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池尾優
編集者・ライター

噂の広まり

井戸端会議

2021年8月、関西の工芸界を語るに外せない、ひとつのギャラリーが閉業した。手描友禅染の老舗工房「高橋徳」が手がける「SHOP & GALLERY YDS」。自身も職人であるオーナー・高橋周也さんがプロデュースする気鋭作家の企画展は、他所にはない特別感と見応えがあった。だから営業終了の事実に打ちひしがれた人は多いかもしれない。しかし2022年6月、ついに新たな動きを観測。高橋徳から独立したYDSが「Nunuka Life」へと屋号を変え、浄土寺に新拠点を構えたという。YDSの時代から一体何が変わり、何が引き継がれたのか?高橋さんに話を聞きに浄土寺を訪れた。

<プロフィール>

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高橋周也(たかはし・しゅうや)
曾祖父の代より京都で手描友禅染の染工房「髙橋徳」を営む。京友禅の職人として20年以上製造に携わったのち、2011年2月、工房の一階で「SHOP & GALLERY YDS」をオープン。10周年を機に「Nunuka Life」へと屋号を一新し、2022年6月25日に浄土寺に新店舗をオープンした。

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暮らしと仕事が重なる先に見えた新体制

季節の花々で彩られる哲学の道。そこから少し山側に入ったところにある、植物で覆われた外壁が「Nunuka Life」の目印だ。Nunukaとはアイヌ語で「大事にする」を意味する。モノの魅力を伝える場所として、モノを「大事にする」というのはもちろんのこと、もう少し個人的な思いも込められていると高橋さんは言う。変化のはじまりは、妻である央美さんとの結婚だった。

「3年前に結婚し、YDSをふたり一緒に動かすようになったことで、やりたいことの幅が広がっていきました。彼女は着物のお仕事をはじめ、金継ぎもいつの間に覚えたの?というくらいにメキメキ上達して。僕と違って海外生活経験もあるので、国外のお客さんともどんどん繋がっていき、コロナ前には海外のお客さんが全体の半分を占めるまでになっていました」

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Nunuka Life。大文字山からの風がよく抜ける

高橋さんいわく、自分は「ゆっくり時間をかけて物事との距離を縮めていくタイプ」。対して奥様は「行動派」。「僕が数年かけて距離を縮めているところを、彼女はいきなりポーンと飛び越えて仲良くなっていく(苦笑)」と高橋さん。作家さんのもとにもふたりで赴くようになり、これまでになかった新たな出会いや繋がりが増えていったとか。そうしてさまざまな可能性を感じはじめていた矢先のコロナ禍。2021年には家業「高橋徳」をたたむことが決まり、第一子の出産も重なったことで、ふたりは新天地での再出発を決意。その時の気持ちの変化を、高橋さんはこんな言葉で表す。

「ふたりでチャレンジしたいことの幅が広がっている最中に、子どもが生まれたのは大きかったです。ギャラリーの仕事と家族の暮らしが、急スピードで重なり合ってきた。そのどちらであっても、大事にしたい部分は同じなのだと。そのことに気づいた時、次の方向性が見えてきました」

YDS時代、セレクトには譲れない基準があった。それは「自分がほしいと思うもの」かどうか。Nunuka Lifeでは、そこに「家族」の目線が加わった。「自分がほしいと思うもの」から、「私たちがほしいと思うもの」へ。Nunuka Lifeでは、扱う分野がより広がる予定だ。「同じ『ものづくり』でジャンル分けする必要はないと思いますが……」と前置きしたうえで、高橋さんは言う。

「伝統工芸寄りの作家さんや伝統工芸の職人さんのものなど、さまざまなものづくりをジャンルレスに扱う予定です。カジュアルになっていくわけでもないし、フォーマルに寄せていくわけでもありません。自分たちが実際に使ってみて、“暮らしに取り入れたら日々が豊かになる”と肌で感じたものを取り上げていきます」

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かつてYDSが入っていた京友禅の工房「高橋徳」

「お直し」で生まれる唯一性

Nunuka Lifeを語るうえでもうひとつの重要なキーワードが「お直し」。元々古道具やヴィンテージ家具などの古いものには目がない高橋さん。かつての日本家屋がそうだったように、過去につくられたものは素材も技術も今では貴重なものが多い。

「そうした良いものを直して使い続けていくことの豊かさも、新しいお店では伝えていきたい。央美さんはすでに『Kintsugi works』の名で金継ぎの活動をしていたり、着物のお直しを勉強していたり、僕の方では古い木造の自宅を自分で改装していたり。お直しは元々自分たちが日頃からやっていたことではあるんです。それをもっと広めたく、間口を広げていけたらと思います」

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央美さんは『Kintsugi Works』として器のお直しを行うほか、金継ぎ教室を開催することも

Nunuka Lifeの店舗である築およそ70年という日本家屋にも、今回のオープンに向け、かなり自分で手を入れているとのこと。家も器も衣服も、壊れたら直して使い続ける。なんでもワンクリックで新調できる時代だからこそ、その営みの豊かさが身にしみる。

共創関係を作家と築く

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YDSで開催した植栽家・村瀬貴昭さんによる陶芸と盆栽の個展『Re:planter「再生」』(2018年)

YDSの企画展の特徴は、作品と調和した空間にあった。空間づくりは大抵高橋さんの役目で、毎回、企画に合わせて什器までつくるという気合いの入れよう。時には中庭に床をつくって囲炉裏を設けたり、和室に土を入れコケを敷き詰めたこともあった。ただそれらは「特別高い意識をもってやっていたわけではなくて」と意外な言葉が。

「元々僕は20年以上、京友禅の仕事に専念していて、YDSをはじめたころはギャラリーにも行ったことがなければ、作家さんも知らなかった。今思えばそれが良かったのかもしれません。常識やルールを知らないので、ただただ自分の思いのままに、楽しみながらやっていただけなんです」

完成度の高い空間なら、企画ごとに作品を入れ替えるだけでもそれなりに見える。が、それでは「僕のテンションが上がらないんです(苦笑)」と高橋さん。いわく、自分のなかの盛り上がりに欠けると、それが展示に向けてのストレスになるのだとか。


YDSで開催した尾形アツシ × みたて 二人展『土の気配 toke』(2016年)

作品自体も、展覧会に合わせてつくり込んでもらっていた。だから、その時その場所でしか手に入らない作品が多数生まれる。そうしたギャラリーと作家が二人三脚でつくり上げる企画展のあり方は、新しい場所でも変わらない。作家との信頼関係を築いた上で、高橋さんが実践しているのはこんなことだ。

「すべてが作家さんのフィルターだけを通して出てきてしまうと、作品はなんとなく平均的なものになりがちです。作家さんごとの得手・不得手を見極めて、その人の良さを引っ張り出せるように尽くします。それは、作家さん自身でも気づかない、けれども磨けば光る部分。作家さん基準でボツになって世に出ていない作品も、スポットが当たれば多くのお客様が反応してくれる、というのはよくあること。だから僕は工房を訪ねたら、省かれて隅っこに追いやられている作品にまず目がいってしまいます」

実は、10年かけて育ててきた屋号を変えるのに当初は大きな抵抗があった、と高橋さん。その背中を押したのは、作家の存在だった。

「YSDの今後について陶芸家の清水志郎さんに話していたら『なら、名前を変えるチャンスなんちゃうの?』と言われまして。たしかに、新しいことをやるのに古い名前のままだなんて言ってることとやってることが違うよな……と思いまして、屋号を変える決心をしました」

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YDSとしての初めての企画展から長年お世話になっているという陶芸家の清水志郎さん。2022年には毎日展示会場が移動する『移動展示会 清水志郎と12のお店』を開催した(2022年3月)

作品を通じて「生き方」が呼応する

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Nunuka Lifeで2022年7月3日まで開催中の『鶴野啓司展』

Nunuka Lifeの杮落としとなったのは、栃木県益子町で作陶する鶴野啓司さんによる企画展。土から自分でつくり、小さな薪窯を使って焼成している。石ハゼ、貫入、また窯変(窯の中での予期しない色の変化)など、焼き物の深みをとことん楽しませてくれるのが彼の作品だ。今回の見所は「焼き直しの作品」だと高橋さん。

「一度焼いてピンとこないものでも、二度三度と諦めずに焼き直していくと、一度目には出なかったすばらしい表情になることがあります。これまで鶴野さんは一度焼いて駄目なものはけっこう処分されていました。僕が工房に行く度に焼き直しのものを『良いですね』と褒めていたからか、今では積極的に焼き直しをしてくれるようになりました」

そんな鶴野さんは、なんと高橋さん夫婦の婚姻届の保証人になってもらった方なんだとか。それも当時、婚姻届を片手にサプライズで訪問したというから、まるで親戚のような関係性だ。

「個人作家さんはひとりでゼロからものを創り上げるので、気持ちが作品に影響しやすい。またひとりで制作に没頭するので、どんな作家さんでも迷うもの。そんな時、彼らの心の支えになったり、最後の一押しになるのは、家族の存在なんです。その意味でも、作家さんとの家族ぐるみのお付き合いがうまくいっていれば、自ずとつくり手の“心が宿った”良い作品が生まれると思います」

モノの向こうにつくり手やその人生が立ち上っては、そこに自分の暮らしや生き方が呼応する。鶴野さんの企画展に訪れた時、そんな感覚に包まれた。Nunuka Lifeで繰り広げられる新しいギャラリー体験を、これからも楽しみにしたい。

企画編集:光川貴浩、河井冬穂、早志祐美(合同会社バンクトゥ)
写真提供(敬称略):高橋周也

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